いくつになっても

 今日は兄の誕生日である。
今年で四十五歳になる。
私は年子なので一歳しか違わないが、兄がアラフィフになると思うと時の流れの速さに頭がクラクラする。
 兄は若い頃に結婚したのだが、本当に色々あって別れてからもう二十年くらいになる。
その間に再婚の話もあったりしたのだが本人がもう結婚はコリゴリだという思いが強く、未だに実家で両親と暮らしている。
 最近では相手を探す事も面倒なのか浮いた話は出てこない。
出会う度にそんな話をしていると本人も嫌みたいで良い人いないの?はある意味禁句になっている。
 まあ本人は気楽な独身貴族を謳歌しているようなのでそれはそれでいいのかなとも思う。
 ところで男兄弟なので誕生日プレゼントという物を贈り合う事はしない。
お酒が飲めれば飲みに行ってウダウダと近況報告をしあうのだがあいにく兄は下戸でありお酒を受け付けない。
なので誕生日にする事と言えばLINEを送る位である。
 とても淡泊なお祝い方法だがこの位の距離感が丁度いい。
出会えば兄はアニメやゲームの話題が好きなのでそれを話したがるが、私にはちんぷんかんぷんなので聴いていても意味が分からない事が多い。
 他には老いた両親の今後を話すという真面目な時間もあるが、何かあったら俺に任せとけと豪語しているのでその辺は頼もしいと思っている。
幸いにも両親ともに健康でまだまだ元気なので具体的な話はしていない。
 とにかく共通項が無いので話が弾まない、けっして仲が悪い訳では無いのだが話題が特にないのである。
 
 仕事も土日休みでは無いので最後に出会ったのは五月にほんの一瞬実家に立ち寄った時に顔を合わせたくらいである。
その時もおうとかよう、というあいさつ程度で会話はしなかった。
 一体いつからそうなってしまったのだろう、子どもの頃はそれなりにプレゼントを用意してお祝いをしていたものである。
キャラクターの書かれた鉛筆や匂いのする消しゴムなんかを少ないお小遣いから捻出して買っていた。
それからささやかなバースデーパーティーが開かれた。
 
 鳥のモモ焼きをメインにした豪華な食卓になった。
普段は飲ませてもらえなかったオレンジジュースもこの日ばかりは解禁だったのでそれもとても嬉しかった。
ご飯を食べるとその後はケーキの時間になった。
ホールケーキに歳の数だけロウソクが刺してあって、父が火を点けた。
部屋の明かりを消してみんなでハッピーバースディを歌ってから兄がフーッとロウソクの火を消すとみんなでおめでとうと拍手をしたものである。
 昔はケーキなんてめったに食べられない貴重品だったので私はチビチビ食べた。
近所の名店のケーキだったのでそれはもうほっぺたが落ちるほど美味しかった。
家族の人数が多かったので一人当たりの割り当てが少なくていつももう少し食べたいなぁと思っていた。
そんな時には辛党だった爺さんがわしの分も食うかと聞いて来てくれたのでいいの!?と聞いて兄と半分こにして食べたものである。
 ケーキの後は花火をするというのも恒例行事だった。
当時はロケット花火が大好きでいつもそれが楽しみだった。
ビール瓶に花火をセットして火を点けるとピューッという甲高い音がして飛び出して空中でパーンと弾けるそのスピード感が爽快で何本も点火したものである。
 その後に手持ち花火で兄弟三人でさんざん遊んだ、空中に八の字の輪っかを書いたり地面の石をひたすら焼いたりと楽しみ方は三者三様だったがいつまでも続けたいと思わせるくらい楽しかった。
フィナーレはいつも線香花火でこれは家族みんなで車座になって誰の花火が一番長持ちするかの勝負をしたものである。
当り前だが最初に火を点けると不利になるのでなるべく最後の方になるように順番を待つ姑息な子どもだった。
 
 ポトリと最後の人の線香花火が落ちると宴はおしまいだった。
ああ、楽しかったねぇとみんなで言い合いながら蚊に刺された足首なんかをかくのが恒例だった。
 夜遊びをしたのでいつもよりも寝る時間が遅くなったが、興奮しているのでなかなか寝付けないで「兄ちゃん、もう寝た?」と聞いてみると「いいや」という返事が返ってくるのが常だった。
それからぐっすり寝ている弟を起こさないように布団と布団をくっつけ合って、テレビの話や明日は何をして遊ぶかというとりとめのない話をしたものである。
 そんな黄金の夏の一夜を過ごした次の朝は寝不足でラジオ体操に行くのが辛かった。
ぼんやりした頭でオイッチニーサンシーと身体を動かすのがとてもだるかった。
 誕生日は夏の思い出の中でもトップクラスに来るくらい楽しい一日だった。
何よりみんな笑顔だったのが印象深い。
 そんな事を思い出しながら兄にポチポチとおめでとうのメッセージを打っている。
 おにいちゃん、おめでとう。
 これからもよろしくね。