ギターは右利き

 私は左利きである。
最近ではそれほど言わないようだが、昔は左利きはよろしくないという風潮が強かった。
うちの親は、あんまり厳しく言わなかったが箸だけは右手で使うように厳しく指導された。
小豆の入ったお皿から一粒ずつ摘まんで隣のお皿に移すという訓練をさせられた。
初めはプルプル震えて全然うまくいかなかったが、毎日やっていくうちに段々出来るようになってきた。
その訓練のおかげで右手で箸を使えるようになった。
他の事は細かく言われなかったので基本的に何をするにも左手を使っていた。
なぜだか知らないが左利きはバカにされた。
小学生の時には左利きの差別用語をよく言われたものである。
ぼんやりした子だったので、あんまり腹は立たなかった。
字を書くのも、ハサミを使うのも、ボールを投げるのも左手だった。
左利きでも日常生活で特に困る事は無かった。
そんな私だが忘れられない事件がある。
それは習字だ。
5年生の時である。
担当の先生が4年生までの先生とかわった。
猫背で神経質そうな顔に度の強い眼鏡をかけた初老の先生だった。
それまでの授業のように墨汁を用意し、半紙を文鎮でおさえる。
先生が黒板に今日の漢字をカツカツと書いた。
「希望」
では始めてください、と言われたので私はいつものように左手で書き始めようとした。
その時である、先生が私の所に飛んできた。
「君はあれか左利きか?」
と聞いてきたので素直に「はいそうです」と答えた。
するとイラついた声で「習字は右手でするものです、左手で書いてはいけません」
と強く言われた。
どうしようとおろおろしていると先生は右手で書きなさいと迫ってきた。
仕方がないので初めて右手で字を書いてみたが、案の定まったく書けない。
これまで右手で字を書いた事が一度もないのだから当たり前である。
先生は私に何度も書き直しを命じた。
しかしどうやっても右手では字は書けなかった。
半紙を何枚無駄にしただろう、授業が終わるころ先生がハァとため息をつき
「お前はもう習字しなくていいから」と言われたのだ。
私はこの一言に強いショックを受けた。
左利きだというだけで授業から弾かれたのだ。
それからは、先生は本当に私だけを無視して授業をするようになった。
他の子たちにはここのとめが悪いとか、はらいをもっと丁寧にと指導をするのだが、私の前だけはいつも素通りだった。
クラスのみんなからも習字ができないことでさんざんバカにされた。
卒業するまで私の半紙はいつも真っ白だった。
習字のある日は学校に行くのが本当につらかった。
それでも親を心配させるもの嫌だったので休んだりはしなかった。
他の先生に相談すればよかったのだろうが、ぬけた子どもだった私はそれを思いつかなかった。
習字の時間が来るといつも口を真一文字に結んで、膝の上で両手をギュッと握りしめていた。
あの地獄のような時間は、今でも思い返すと悔しくなる。
努力して右手で習字が書けるようになれば先生も振り返ってくれただろうが、無言でじっとしているのが私なりの精一杯の反抗であった。
誰が右手で書くもんか!
そんな小さな意地をはっていた。
中学生になっても習字の授業はあったが、私は堂々と左手で書いた。
別に誰からも文句を言われなかった。
左利きでバカにされることも無くなった。
何だ、別にいいんじゃん。
それからは左利きなのも全く気にならなくなった。
大人になったら子どもの頃の嫌な事なんて、ささいな出来事だったんだろうと思える…
かと言えば、あいにく私もそれほど人間が出来ていないのでふと思い出すたびに「あのヤロー」と黒い感情が渦巻くのであった。
いやぁいい反面教師だわ。
個性は大切にしなくちゃね。