真面目系クズの話

小さい頃、学校の勉強は得意だった。ただただ単純に言われた通りにやれば良かったからだ。授業さえ聞いてりゃテストで良い点がとれた。宿題が嫌いでほとんど手をつけなかったために定着しなかった知識は一夜漬けで覚えることができた。なまじっか出来るばかりに叱られることが嫌いだった。生意気なガキだったと思う。いまでもそのころに身につけたしょうもないプライドはしっかりと固まってぼくの中に存在している。年を重ねて世界が広がるにつれて、勉強の優先順位は下降していった。やればできるという甘えがあったのだろう。義務教育が終わると、付け焼き刃の知識ではなくこれまでの積み重ねを問われることが増えた。それまでやらなくてもできていたぼくは努力を知らなかった。落ちていく成績に比例するようにモチベーションは低下し、ますます拍車のかかった怠慢はテスト前日の一夜漬けさえも放棄させた。

その夏は雨が少なく、ぼくの住む地域は深刻な水不足に陥っていた。うだるような暑さのなか、ぼくは母と三者面談に向かった。「そろそろ進路を決めましょう。」そう言った先生は、将来のことも踏まえてね、と最後に付け加えた。特にやりたいことなんて見つかってもいなかったが、それを正直に申告するほど間抜けでも無かったぼくは適当に夢を語った。その後先生は事務的に面談を進め、ぼくの芳しくない成績についての小言をはさみつつ、君はやればできる人間だと繰り返した。ありがちな言葉をわざわざ聞く気にもなれず、はあそうですかと聞き流していたが次に先生が放った言葉はがっちりとぼくの耳を捉えた。
「君みたいにやればできるのにやらない人間はフリーターになっていくんだよ」
心外だった。やらない人間だと言われたことにも、フリーターになると言われたことにも腹が立った。しかしぼくが気分を害した原因の多くはその発言が長い期間教壇に立ってきた人間による、的を射たものであったことにほかならない。突き放すような、諦めたようなその言葉は怒鳴りたてるよりも効果的にぼくの向上心をくすぐった。それから少し、努力することを覚えたんだと思う。

甲斐あって、無事に進学できたときは自分に対して誇らしい気持ちが芽生えた。あの頃のプライドはむくむくと大きくなり狭い世界の中で周囲の人間と比較して自分が優れているところを見つけては安心し、悦に入っていた。

それから数年経ってやっと気付いたことは、自分は何者でも無かったということ。少し視野を広げてみれば自分と同じような人間が山ほどいた。自分と全く違う人間が山ほどいた。ヒットソングはオンリーワンを肯定し、ありのままの自分を愛せよと叫んでいるが、その表現者たちは力を持った何者かであるということ。我を通すには相応の力が必要であること。ぼくは自分の好きなように生きられるように何者かになろう、と、思った。

わりとありがちな生い立ちと人生論を改めて文字に書き起こしてみることでその一助となればと思ってこうしてつらつらと書いているのであります。