教えてくれないサンドウィッチが好き

校庭には帰ってくる児童を待つその家族の一団があり、バスが到着し降りてくる児童たちの中から我が息子我が娘を見つけそれぞれに手をつないで帰宅していきます。

たった2、3日でも家を離れて遠くに行くなんて僕の頃の小学生にとって修学旅行は苦痛でした。出迎えの親がまだ来てなくてわざと大声で友達と騒ぐ子がいる一方、家庭の事情で出迎えがないのを覚悟している子たちはもしかして…と、一旦は探してみるけれどそのまま急いで校門を出ていきます。他人目には可哀そうに映るでしょうが、その子たちにとっては先刻承知しているそのことより「○○さんのお迎えは…?」と同級生の優しいお母さんに尋ねられるのが嫌で早々に学校から立ち去るのです。
その中の一人が私でした。

 私の父はバンドマンで夕方早く家を出て、その時刻は会館で誰かの演奏をしてる頃で、
母もデパートのすぐ隣に店があってちょうど忙しい時間であった。
兄弟のいない私は一人で鍵を開け部屋に入り、着替えるやカメラのフィルムを慎重に取り出したり荷をほどいたりしながら馴染んだ畳の匂いにホッとしてテーブルを見ると、
サンドウィッチとメモが一枚。
用意された晩御飯と知る。

白い小さなメモには「お疲れさま これを食べて」と明らかに母ではなく父の字で書かれてありました。

突然涙がこぼれた。どうしようもなく目から溢れ最後は嗚咽になった。
嬉しかったのか寂しさを思い出したのか有難かったのか、
何なのか…。

本当に今でもその理由が思い当たりません。私にとっては事件でも何でもないすごく小さな記憶なのに、大切なことが隠されているようで忘れられないのです。
それなりの解釈や決着をつけていいのかも迷います。
心に未解決なのです。