【最後の扉】

何かが違う。
そう、絵が違うの。
もう描きたい絵は扉じゃない。
シリーズで描き揃えようとしたから、仕方なく描いた最後の扉。
私は、描きたい絵しか描かない
子供のせいにするわけではないが、グリーンの扉も描いてと、リクエストをきいてしまったこと。
描きたい絵は、もう扉ではなかった。
絵は、仕事にしたくないといつも思う。
趣味だけだともったいないよ、何かしたら?って何人かに言われたけど、一度失敗してるんだ。
花がそうだった。
花が好きで好きで、頭がおかしいわけじゃなく、食べてしまいたいぐらい好きだった時期がある。
見てて可愛い、連れて帰ろうとお金を出して買う。
家に飾るんだけど、まだ自分の物になってない気がして、食べたくなるという表現が、当時はぴったりだった。
大好きな花に囲まれたいという仕事は、現実とは違った。
花に囲まれた、、というと、お花畑みたいなね、花屋さんにいるようなイメージ。
でも実際は、新聞紙にガムテープで止められたバケツにギューっと詰められストッカーに入った花達。
花は少しでも枯れたら捨ててしまう、それが勿体ない、、という感情から、平気になり、、当たり前になる。
しおれた花を喜んでもらって帰ってたのに、いらなくなる。
刻んでも刻んでも、ゴミ袋は穴が空く。山のような花のゴミ。
それでも花業界にいる人には申し訳ないのだけど。
そして私がした仕事は、その未来を担う、花業界へ行こうとしている子供達の専門学校だった。
絵の世界はどうなるか分からないけど、私の小さな世界での想像は、納期に追われて注文された、好きではない絵を描く。
お金のための絵。
だから絵の仕事はしたくない。
好きな絵を好きな時間に、好きなだけ描く。求められてもいないだろうけど、私にはこれが合ってる。
それなら、その絵を欲しいという人だけに売ればいい、という考えもあるのだろうけど、そこまでの絵ではないのは、百も承知。
もし、その絵を買った人が大事にしてくれたとしても、その方が亡くなれば、私の絵はゴミとなる。
私は大事に楽しんで絵を描いてる。家族以外に譲る気はない。
いつか私が死ぬ時は、棺に入れてねと、子供達にも伝えてある。
明日、入院中の息子に緑の扉を持ってくると約束しちゃったからね、疲れてても描き上げなければ、と必死で描いた。
息子って、小さな子供に聞こえるけど、170センチあって、私が見上げる背丈。笑
明日は主人が帰ってくる。
しばらく、お母さんだけやればいい。
やっと気が抜けるー!
皆さんは、どんな扉を開けたいですか?