特技! 誇大印象

 「第一印象」という言葉があります。最初に見聞きしたことがらを、鮮烈なイメージとして抱くことです。
 いまでこそ親友といえる間柄であっても、出会った当初はイヤな奴だと思っていたかもしれません。住み慣れた町も、引っ越してきたばかりの頃は、よそよそしく感じられたはずです。

 わたしは「第一印象」が強烈すぎて、まるで妄想のようだとか、幻覚でも見たのではないか、などとよく言われます。
 友人の河田太郎によれば、
「第一印象だとか、そんな生やさしいものじゃねえぞ。おまえのは誇大妄想といっていい。つまり、『誇大印象』だ」とのことです。
 なるほど、うまいことをいうなぁ、本人でさえ感心してしまいます。

 だいぶ以前になります。河田の知り合いの家へと、案内されたことがありました。
 その人物、前田信道氏のアパートまでは、河田の家から、のんびり歩いて小一時間。
 豆まきが終わったばかりの季節でした。すでに夕方で、歩いているうち薄暗くなってきましたから、5時をまわった時刻だったはずです。

「映画サークルで出会った男なんだけど、お互い、観る映画の趣味がピッタリでよお。きっと、お前も気が合うと思うぜ。これから、その人んち行かねえか?」
 そんな前置きがあって、向かうことになったのです。
 前田氏のアパートは、赤羽駅の反対側にありました。駅前の商店街ならよく知っていましたが、線路を越えた向こうはほとんど未知の領域です。

 日が暮れて、辺りはすっかり暗くなっていました。気温も急激に下がりだし、着込んでいるのに、しんしんと体が冷えてきます。
 道は悪く、土と砂利ばかりで足を取られます。周囲には草がぼうぼうと生え、不気味な様相をした木々が立ち並び、気がつけば深い森へと足を踏み入れていたのでした。

 ツタの絡まる遺跡が見え隠れし、まばたきの間に黒い影が縦横に走るのが見えました。森に住むケモノか、はたまたこの世ならざる存在なのか、わたし達に知るすべはありません。
 お互いに口数が減り、重い沈黙のなか、葉ずれの音とからかうようなカラスの鳴き声だけが聞こえていました。
 永遠とも思える長い旅の末、遠く闇の彼方、かすかに灯る窓を見つけます。
「あそこが前田氏のうちだ」河田がぼそっと言いました。わたしは、(ああ、助かった)そう、心の中でつぶやいたものです……。

 後日、その時の印象を河田に話して聞かせたところ、ポカンと口を開けたきり、ものも言えない様子です。
 口がきけるようになると、
「確かにあの日、お前と一緒に前田さんとこへは行ったさ。途中で夜になったのも覚えてる。土と砂利の道? 不気味な深い森? 遺跡だって? どこにそんなもんがあったよ。忘れてるようだから教えてやるが、ここは東京のど真ん中だ。それにあそこは、右にマンモス団地、左に行きゃあ幹線道路だろうが」
 後日、河田と再び歩いてみましたが、森や遺跡はどこにも見あたりませんでした。
「変だなあ……」
「それ見ろ。また、おまえの『誇大印象』が始まった」そう言われてしまいました。

 これまでも、
「前に歩いたあの街、場所は合っているはずなのに、どうしても見つからない」
 そんなことがいく度となくありました。それも「誇大印象」のせいだったのかもしれません。
「もしかしたら」河田が声を落としてつぶやきます。「お前のそれ、単なる思い込みじゃないのかもな」
「どういうこと?」
「パラレル・ワールドっていうんだっけ? こうして一緒に歩いているつもりでも、おまえだけ別の次元をさまよってる、なんてことは考えられないか?」

 ぞくぞくっとしました。