ぬるま湯みたいな死にたいという衝動

はじめまして、こんにちは。
ゆきと申します。ネガティブの化身です。
エッセイを読むのは好きだけれど、書いたことは無かったのですが、
今まで考えていたこと思うことを、こういう形で誰かに見てもらうことで自分の中で整理が出来るのではないか、と思い登録致しました。よろしくお願いします。

私の死にたい消えたいという衝動について

今日はこういう場で書きたいとずっと思っていたことを書きます。はじめての記事なのに少し重めです。
ひとりのねじれて戻らない人間の話です。
私は今30代で、去年8年間付き合っていた旦那と結婚しました。今ではそう珍しくもない、ツイッターでの出会いです。彼はとある地方の出で、これまたとある夢を持って東京にやってきました。その時にちょうどツイッターでお話をしていた私と会うことになり、それがきっかけでした。
そもそも家庭環境がクッソ悪い私(ツイッターで愚痴っていた)を見て気になっていたそう。心配だった、助け出したかったと付き合いはじめの頃に言ってくれました(今はボロクソに言われています)
そう、私は家庭環境があまり良くないのです。
小さい頃に言われた言葉、お前は木の股から産まれた、うちのこじゃないだとか、下に妹と弟がいるのですが、母親は特に妹が大好きで「かわいい!でもお前は可愛くない」と言われたりしました。
これは妹の出生を考えればそうなるのは仕方ないな、と思うのですが(後述します)小さな頃の私は本当のお母さんがいてくれて、迎えに来てくれるのでは、と思ったり、あとはとにかく「消えてしまいたい」「必要とされたい」と思ってました。小さな頃から死をイメージしていたと思います。
私は本当は4人のきょうだいになる予定でした。私と妹の間に実は1人弟がいて、でも私が小さい頃に病気で亡くなってしまいました。
私はその時2歳かそれくらいであんまり覚えていないのですが、父親の実家ともともと折り合いが悪かった母親を祖母は「おまえのせいで、死んだんだ、おまえに預けるとこのこ(私)も死んでしまう」と私を取り上げました。
(小さい頃におじいちゃんの子にならないか、と聞かれたことを覚えている)
母親は一気に2人も子供を奪われて錯乱します。その頃の話を聞くと本当に心が痛いのですが、とにかく母親は「子供がとにかく欲しい」と思ったそうです。
そして産まれたのが妹です。
念願の子供が産まれ心の安寧が訪れた母の元に、祖母の死と小学校のこともあり「優しい祖母と祖父にデロッデロに甘やかされたクソ餓鬼の塊みたいな私」が帰ってきます。ちなみにおもちゃはなんでも買ってもらっていました。ワガママの塊で暇な時は大声で演歌を歌っているクソガキです。

「おまえはうちのこじゃない」

という台詞。
これは仕方ない、と今は思います。そりゃあ辛く当たるよなって。今更返されても…みたいな気持ちだったと思います。母親は厳しい人だったので甘やかされて箸の持ち方すらクソな私(ある程度直されましたが今でも持ち方がおかしい)をどうしたらかわいいと思えるのか、と悩んでいたでしょう。
でもそんなこと小さな頃の私にはわかりません。
自分が必要とされていないこと、妹ばかりかわいいと言われ許されて、私は鶏ガラみたいとかブスとか音痴とか言われ、あと父親が気分でわりと仕事をすぐやめて夜逃げするパチンカスだったこともあり、転校が多く友達と仲良くなってもすぐお別れを繰り返して自分というものがなんなのかと思って生きてきました。
それでも不幸ばかりだった訳ではなく、母は私の手を引いてくれたし、弟も妹も憎いと思ったことは何度もあるけれどやっぱりかわいい。祖母や祖父との生活も苦痛など一個もなくて、梅を取りに山に入ったりつくしを取りに行ったりしたこと覚えています。すごく楽しかった。
ちなみにパチンカスの父親はパチンコの帰りにブックオフで本をいっぱい買ってくれた。
それでもやっぱり

産まれて来なければよかった。

この前暫く会っていなかった両親に会いました。母親は昔のように私を馬鹿にすることは無く、私の服装を見て可愛いと言ったり「あんたはスラッとしているからもっとこういうのも似合う」と言ってくれました。(父親はハンバーガーを食べてからパチンコに行きました)
私は何だかもやっとして「昔鶏ガラで可愛くなっていってたじゃんw」「足デカイ(23.5)とか言ってたよ〜」と冗談みたいに言ってみると「そんなこと言ったっけ?」と。
あんなに認めてもらいたかったのに、かわいいって言ってもらったのに、どう言葉にしたらいいかわからない感情でいっぱいになりました。でも笑顔で話す母は楽しそうで、良かったなって思いました。
勿論お母さんは好きです。

呪いみたいなの

誰が悪いとか言ったところで私はそのまんまだし過去が変えられる訳じゃない。
でもこうやってもやもやとした呪いをかけられて生きている人はいっぱいいると思います。
私なんてまだマシな方で暴力とかはそこまでされなかったし、なんだかんだで愛情をかけてもらいました。(本当ぬるま湯みたいだなって思ったのでタイトルにしました。)
した側は忘れるけどされた側はずっと覚えている、そんな簡単なものじゃ無くて呪いみたいなクソみたいなドロドロしたやつをかけらて、大人になった今でもあの頃の母親の歳になってもまだ囚われています。このまたゾンビみたいに生と死でふらふらと生きていくのかな。治せたら治したいですね。
ここまで見てくださってありがとうございました。とりあえず父親のパチンコをやめさせたいなって思います。