じいちゃん

じいちゃんは、無愛想な人でした。
入れ歯のせいか滑舌が悪く、
地元の人でも聞き返す程九州訛りもひどく、
いつも縁側で横になって煙草をふかしている人でした。
意外に甘党で、部屋の本棚にはキャラメルを隠し持ち、
夏には三ツ矢サイダーを常に数本、冷蔵庫に入れてました。
パチンコに行くと景品のお菓子を孫たちに持って帰って来てくれるのですが、
またそれを、優しく渡してくれればいいのに、
なぜか毎回、無言でテーブルにボンッと乱暴に投げ落とすという渡し方。
なんというか、掴み所のない、不思議な存在だったんです。
まあ、私たち兄弟は、
生まれた時からずっと同居していたので、
そもそもじいちゃんというのはそんな物で、
ドラマに出てくるような優しいじいちゃんの方が作り物だと、特に気にもとめていませんでした。
私が22歳の頃、じいちゃんは亡くなりました。
既に九州を出ていた兄弟たちが4人全員集まり、
じいちゃんの思い出を語る、賑やかなお通夜になりました。
無愛想だった
恐くはないけど優しくもなかった
ようわからん人だった
そんな話題でひとしきり盛り上がった後、
少し寂しい沈黙が流れます。
それを最初に破ったのは長男でした。
「サイダー、夏冷蔵庫にあったろ?
   いつも、4本以上だったとよ。」
確かに、そうだったかも知れない。
兄弟4人で飲みたいなって思って
揃って冷蔵庫から拝借する時、
足りなかったことは一度もありませんでした。
次男が続きます。
「じいちゃんの本棚のキャラメル、
   俺らでよく盗み食いしよったろ?
   あれ、よく考えたら、
   俺らのために置いてあったとばい。」
確かにその通りです。
だって、よく考えたらじいちゃんは、
総入れ歯でキャラメルなんて食べられないから。
そして、末っ子。
「じいちゃん、お菓子をボンッて投げて、
   私らが走って群がってくるのば
   いつも嬉しそうに見よらしたとよ。
   で、何種類かある中で
   1番最初に手に取る物ば覚えとって、
    次はそれば多めにしよらしたとよ」
確かに、最初は黒糖棒やボンタンアメやミックス煎餅だったのが、
チョコレートやあわ玉やポテトチップスになっていった気がする。
それぞれの記憶に残るじいちゃんを繋ぎ合わせてやっと、
じいちゃんの掴み所のない人柄を、少し掴めた気がしました。
お通夜の場になってやっと。
私の話も少し。
じいちゃん、私が18になって大学進学で上京する前の晩、
羽田空港から下宿先の最寄りの西八王子までの電車を調べて、熱心に教えてくれたよね。
ケータイで調べたら最短ルートと料金がすぐに出てくるんだって事は言えませんでした。
あの時のチラシの裏紙に書かれたメモは、
今でも何となく持っています。