でっかいカゴのついたクソダサい奴

会社の後輩と同じマンションに住んでいる。
単身者用の小さな世界を共有していることもあり、後輩とはまあまあ仲が良い。
会社までは2km程度の距離で、通勤に自転車を使っている私は通勤路であるのどかな川沿いをゆったりと走るのが好きだった。
一方、原付を使う後輩とは家を出る時間に少々の差があったので、朝に顔を合わせることは殆ど無かった。
時折、おそらく寝坊したのであろう後輩が、ゆったりと出勤している私の横を凄まじいスピードで駆け抜けて行く姿を見送ることがある。のどかな風景に一筋の雷光を穿つかのような後輩の姿に、私の脳に刺激が走るのを感じた。聡明な貴方のことだから、私が遅刻ギリギリの出勤をしていることもわかるのだろう。
一日の業務を終えると颯爽と退社する者もいれば、翌日の支度をダラダラとする者もいた。私と後輩は後者だ。
あーでもないこーでもないとダラダラ駄弁りながら、各々の支度を済ませ、いよいよ帰るという頃合いである。
通勤路である川沿いの道は、明るい時分であればのどかなものだが、夜にもなると人の気配も無く暗い道へと表情を変える。
後輩が入社するまではそんな道を一人で寂しく帰社していたものだが、今はもう一人では無い。
自転車と原付、動力源こそ違えどタイヤは2つ。私と後輩は並走して話しながら帰る。
この感覚、そう、高校時代の帰り道で友だちと話しながら帰る感覚だ。
同年代の人間と話題に花を咲かせ、失われた青春時代を取り戻すかのように私たちは毎日のように話しながら帰った。
なんて楽しいのだろう!
私は荒んだ社会人生活の中、青春を見出したのだ。
後輩と共に、どこまでも走って行ける気がした。
私たちは二本の光となって駆け抜けた。
最近ふと気付いた。
自転車で原付と並走するのはキツい。
何故私が後輩のスピードに合わせてヘトヘトになりながら自転車を漕がねばならぬのか。
そもそも、原付のエンジン音が五月蝿く会話などほとんどできない。ふざけるな。
私は後輩にママチャリを買ってやろうと思う。