一冊の「映画」

 そのニュースを目にしたとたん、絶句!
 なんどもリードを読み返した。
 「七人の侍」が4Kデジタルリマスターで復活!
 マヂか!? マヂデスカ!?
 ぼくはうれしくて身ぶるいした。
 映画「七人の侍」は1954年に公開。監督は黒澤明。
 作品と監督の名前は知ってても、観たことがないという人も多いはず。実際ぼくも話だけは聞いていたけれど、初めて観たのは25年ぐらい前のリバイバル上映の時だ。
 が、その時の衝撃たるや、いまも体の芯に響きっぱなし。映像も音もかなり劣化はしていたが、この映画を見なければ、映画監督なんてやってなかったかもしれない。
 大好きな映画はたくさんある。でももし無人島に一本だけもっていけるならば、まちがいなく自作ではなく、「七人の侍」を4Kデジタルリマスターで持って行く。そしてこの映画を見ながら死にたい。ホント。
 世界中で「あなたが知ってる日本人の名前は?」と質問すると、大半の国の人がまず「アキラ・クロサワ 」を上げるんだそうだ。黒澤監督は88歳の生涯で、30作の映画を作られた。すべての作品が海外でいくども上映され、おそらく今もテレビで放送されているからだろう。いい映画ってホントに息が長い。
 が、あえて。
 実はほとんど人が知らないもう一本のクロサワ映画があると、ぼくは叫びたい。
 それはフィルムではなく、一冊の本というカタチではあるけれど。
 「黒澤映画の美術」(学習研究社/S60.6.1発行)

 「黒澤映画の美術」とは銘打っているが、これは1985年に公開された映画「乱」で使われた美術道具だけが収められている。甲冑や刀などといった大小道具から衣装まで1点1点を写真撮影し、まとめられた写真集だ。
 考えてみれば、とんでもなく地味な本。ヌードもあれば救われるが、ハダカは足軽のふんどし姿しかない。
 
 十数年前、テレビ番組の制作で、ぼくはディレクターとして黒澤明監督の番組を作ることになった。その時、監督はすでにお亡くなりになっていたので、始終そばにいて監督のことをよく知っているというKさんという方を紹介していただいた。
 Kさんのお宅に伺ったおり、書斎でこの本をはじめて見た。
 「なんですか、この本!?」
 当時ぼくは、黒澤監督についての本はけっこう読んだとこっそり自負してた。が、この本のことはまったく知らなかった。
 ページをめくり、思わずたじろいだ。
 なんというのか、ページから立ち上る凄まじい気。
 いったい、何なんだ、これはっ!?
 硬直してしまったぼくにKさんはにやりとわらって、
 「生前から黒澤監督の本はたくさん出版されたけど、じつはこの本、自叙伝とならんで、黒澤さんが自らの手で作った唯一の写真集なんだよ」
 映画好きな方はご存じの方も多いでしょうが、黒澤監督は絵画にも造詣が深く、後半の作品では絵コンテもたくさん残された。
 ところが絵コンテだけでなく、映画の中に登場する美術道具も自らデザインされた。この写真集にはそうやってデザインされた美術品の数々が記録されている。
 映画製作の予算を考える中で、一番見えないお金が美術関係の費用。それが戦国時代ともなれば、映像に映るもの、すべてを作らねばならない。有名な話では、映画「乱」では本建築に近い形で城をつくり、燃やした。そのとき建材もベニア材では「燃え上がる炎の形が違う」と、杉材だったかヒノキを使ったとか。予算が立てられるわけがない。
 あくまでもこの美術道具のすべては、映画のためだけだ。ただ黒澤監督の言によれば、「最終的にはレンタルするより作ったほうが安い」ということもあったらしい。武将の奥方が羽織る着物も西陣で織ってもらったのだそうだ。
 といいながら実際の撮影に入ると監督は、
 「ちょっと色が違うなあ」
 と、西陣仕立ての着物の上に、ペタペタと絵の具で色を塗り直したというので、もうなにがなんだかわからない。
 黒澤監督は別格だけれども、映画監督はみな美術にこだわる。当然こだわればこだわるほど、お金がかかる。ぼくもそうありたい、したいと思いながら撮影準備をする。けれど、そこはまあ、いろいろな現実があるので妥協も大事だと、いいきかせたり。
 劇映画はしょせんフィクションだし、空想の世界にちがいない。
 しかし。
 空想であればあるほど、人間の生活に寄り添うリアルだけが、スクリーンの中では現実味を帯びる。それはマジックに似ている。この魔術に一番かどわかされたいと願っているのは、創り手自身ではないか。
 
 『愛しき神は細部に宿る』という。
 本当の想像力とは、突拍子もないものを生み出すことだけではない。身の回りにあるものの奥に潜む本質を引きづりだせる力のことを指すに違いない。
 黒澤監督は自らのなかにある想像力とギリギリまでせめぎあい、生み出した美術道具を別の形で残そうとされたんだと、この本から感じる。
 この写真集を制作する時、Kさんは監督のそばにずっと立ち会っておられたそうだ。Kさんによればその様子は、異様だった、という。
 まず写真家がひとつひとつ、美術道具を撮影する。それをポジフィルムにする。次に編集者がスライド映写機を用意する。が、スライド映写機の光が投射される先は映画スクリーンではない。セットされたのは、書籍にする予定の本そのもの。ただ中はすべて製本と同じ紙質の、まっ白いページが連なっていた。
 まっ白いページに美術道具のスチールを映写することで、実際の印刷にむけて出来上がる本をイメージするしくみだ。
 監督は1点1点、映写されたスチールをみながら、
 「これはもっと暗く」
 「色を抑えて」
 「もっと赤を鮮やかに」
 など、すべてにこまかく指示を出された、という。
 「それって、まるで映画の撮影じゃないですか!?」
 「そう。この本は黒澤監督自身が一本の映画を作るようにしてできた写真集なんだよ」
 その言葉にぼくは呆然と口をあけてるしかなかったよ。
 「でも予算を大幅に超えちゃって…結局、出版社は大赤字だったらしいよ」
 そんな事情で増刷もなく、今はこの本、なかなか手に入らない。ご興味のある方は古本屋さんで見かけたら、とりあえず買っておいたほうがいいですよ。ぼくのところには、なぜか二冊あります。つい見かけると強迫観念に襲われて、いまだに買ってしまうんだ。
 まもなく9月6日がやってくる。
 この日は黒澤明監督の命日。今年で18回目になる。
 そして待ちに待った10月は「七人の侍」4Kデジタル・リマスター版が、TOHOシネマズの大スクリーンで上映される。世界の映画史に残る、監督の想像力の傑作にたっぷり身を浸したい。
 
 ↓「七人の侍」4Kデジタル・リマスターの記事です。