15kmあたりで足の裏に水ぶくれが... by 日曜アーティスト TOMAKI | ShortNote

15kmあたりで足の裏に水ぶくれができ始め、30kmで両足に広がる。水を抜いて、湿潤絆創膏を貼った上からテーピングで処置をするものの、どんどん広がっていく。流れ出た体液でさらに皮膚がふやけて柔らかくなり、さらに皮が剥がれていく。足の裏が地面に接地するたびに、痛みが脳を貫く。

スタートから11時間ほど歩き続けた頃、50kmあたりの地点で足が動かなくなった。筋肉が引きつって、戻らなくなったのだ。途方に暮れ、リタイヤの電話を入れようか迷っていたら、目の前にマクドナルドが現れた。とにかく座って休憩しようと、店に入った。

店の中は、いたって普通だった。そこになんとも違和感を感じた。自分は、体力の限界と激痛と戦っている。なのに、店内はそんな自分の危機的状況とは全く無関係に、普通過ぎるくらい普通だったのだ。

そこで僕は、ビックマックを頬張りながら、考えた。

このままあと残り50kmを歩いてゴールにたどり着いたとして、なにか得があるのか?賞金があるわけではないし、せいぜいもらえるのはちょっとした景品くらい。誰かから褒められるわけでもなく、尊敬もされない。むしろ、うちの嫁などは、こんな大会で身を削っている僕に、呆れている。

論理的に考えたら、ここでリタイヤするべきだ。ここでやめる方が、明らかに賢い選択である。

でも、やめたくない。何の得にもならないのは分かってるけど、このままゴールを目指したい。ちょっとした自己満足のため。100km歩ききったということを味わいたいため。ほんの一時の、ささやかな満足感のため、前に進み続ける。

思えば、人生なんてそんなことの連続だ。損得なんて関係なしに、自分で進むと決めたから、進むだけ。その先にあるものが何かなんて、関係ない。チャレンジするかどうかは、自分次第。

ビックマックとポテトを完食し、ドリンクの飲み終えたころには、足の調子は少し回復していた。念入りにマッサージとストレッチをして、老人のようにゆっくりゆっくりと立ち上がり、そしてまた歩きはじめた。

100kmのゴールにたどり着いたのは、そこからさらに14時間ほどたった後。制限時間のわずか30分前だった。

* * * 

100kmウォークの経験者が、「80km地点からが正念場だよ」と事前にアドバイスをくれた。残り20kmは、気力で乗り切るしかない、と。

なんのことはない。僕にとっては残り20kmどころか、100kmのほとんど全てを気力で乗り切るしかなかったよ。

ゴールした後、動けなくなった。目の前のトイレに行きたいのだが、立ち上がることができない。そのまま、腰を下ろしたまま途方にくれていたのだが、大会スタッフの人たちが撤収の作業を始めたので、仕方なく呻きながら外へ出た。

タクシーで帰るか、あるいは救急車を呼んでも良いような気もしたが、結局信じられないくらい長い時間をかけて、地下鉄と徒歩で家に帰った。

大会翌日は、普通に出社して仕事をした。足の裏が地面に触れるたびに、腹を切り裂いて内臓をこすりつけているような痛みに襲われる。「さすがにこれは無理だ」と思ったので、翌朝皮膚科の病院を訪れた。足の裏を覆う絆創膏を剥がして、皮が剥がれた足の裏を見せるのは、裸を見られるより恥ずかしかった。そりゃそうだ。皮の下の肉が丸出しになっているんだから。

褥瘡を治して皮膚を再生するための薬をいくつかもらい、包帯をしてもらい、その日は会社に出社するのを諦めて自宅で仕事をした。

日々、少しずつ穴が埋まっていく。だんだん痛みも少なくなってくる。金曜日に二度目の診察を受け、化膿もしてないのでこれで大丈夫ということに。

土曜日から、海外出張。現地について包帯をとったら、ようやく穴が塞がって、薄い皮が肉を覆っていた。

おかげで、毎日サンディエゴのコンベンションセンターを歩き回り、イベントを取材し、インタビューをして、現地レポートをそつなく書くことができた。

* * * 

50kmでリタイヤしていた方が、よっぽど体への負担は少なかったはず。少なくとも、大会が終わって二日後に病院に行くなんてことはなかっただろうし、出張前に治るかどうかやきもきするなんてこともなかったと思う。

まともな理性を持った大人だったら、あそこでやめるのが「正しい選択」だと言うだろう。なんのメリットもないのに、ちょっとした自己満足のためだけにゴールを目指すのか、と。

でもやっぱり改めて思うのは、それが人生なんじゃないかな、と。楽して生きるのは簡単だよ。努力したってそれが認められることが少ないってのも分かってる。でもやっぱり、チャレンジしたいと思うんですよ。意地でも、ゴールを目指したいっていう。その先にあるものがなんなのかなんて関係ない、ただ、自分が決めたから、ゴールを目指すだけ。

今は、もちろんゴールができて良かったと思っている。ゴールの後、一週間ずっと痛みに耐えつつ病院通いになったけれど、それも込みで、良い経験になった。

10年とか、20年経った時に、「そういえばあの時、100km歩いたんだよなぁ」っていう思でがあるのは嬉しいよね。子供とか、周りの人に伝えることができる。すげーツライけど、十分その価値はあるよ、って。