この度はマジR.I.P.でした(アンソニーボーディン、死す)

VICE誌のアカウントで「Chef Anthony Bourdain found dead from a suspected suicide」の第一報を確認した時、真っ先にヘミングウェイが頭に浮かんだ。老成した文学者の自殺。ヘミングウェイは猟銃で頭部を吹き飛ばし、ボーディンはパリのホテルで首を吊った。二人とも精神を病んでいた。二人ともアメリカのタフな文学者だった。そして驚くべきことに、二人とも61歳だった。
『移動祝祭日』は文豪の若き日を綴ったヘミングウェイの遺作で「書くこと」に対する彼の思索が随所に散りばめられている。戦争、川釣り、闘牛、ボクシング。ヘミングウェイは「自分が誰よりもよく知っていることについて本当のことを書くべきだ」と言った。ボーディンが『キッチンコンフィデンシャル』と『クックズツアー』で表現したのは、まさにそういう世界だった。冷たいビシソワーズも、漁船の上で食べた生牡蠣も、彼が実際に手で触れ、味わい、感動したものばかりだ。
ボーディンを知ったのは「あなたが今後、何かを書き続けるにあたってのヒントがこの本の中にある気がする」という理由で『キッチンコンフィデンシャル』を勧められたからだ。土曜社の書籍を手に取って、数ページ捲っただけで、すぐに気に入ってしまった。
「不良コックの料理エッセイ」の一言では済まされない、圧倒的な雄弁さ。その雄弁さは、筆力の高さよりもむしろ、ボーディンの人間的な魅力そのものに起因している。この本では「面白い人が書いた本は面白い」ということが起こっている。そして「面白い人の周りでは面白いことが起こる≒面白い人は面白い日々を過ごすために自ら面白いことを起こす」という点において、彼はあまりにも魅力的な、黄金の好奇心と行動力を持っている。
本当に気に入った本は、書店で見つけるたびに新しいものを何冊でも買い直したくなる。ブコウスキーの『町でいちばんの美女』、カミュの『異邦人』、エルロイの『ホワイトジャズ』。ボーディンの『キッチンコンフィデンシャル』も『クックズツアー』も、それら歴史的名作と何ら遜色のない、掛け替えのない作品になった。
自殺の前夜、妻のメアリが自分の寝室で鼻歌を歌うと、隣室からヘミングウェイが続きのフレーズを歌うのが聞こえてきた。メアリは「おやすみ」と声をかけ、眠りについた。翌日、物音で目を覚ましたメアリが階下へ降りると、夫が猟銃で頭を吹き飛ばして死んでいた。
やはり言語に向かう者は、憂鬱に憑かれやすいのだろうか? あまりにも詩的で、あまりにも力強いヘミングウェイの死。薬を飲んだり体を刻んだりするのが女のやり方なら、猟銃で頭を吹き飛ばすのは間違いなく男のやり方だ。マルケスの物語には「老成によって性欲から解放されて安心する老人」がしばしば登場する。61歳という年齢が、若いのか年老いているのかは分からない。少なくとも、ヘミングウェイとボーディンにとっては、全ての苦悩から解放されて安心できるような年齢ではなかったということだ。
「あなたが今後、何かを書き続けるにあたってのヒントがこの本の中にある気がする」という提言。それに対する回答を『キッチンコンフィデンシャル』に見出せたかどうかは分からない。「自分が誰よりもよく知っていることについて本当のことを書くべきだ」というヘミングウェイの哲学は、文学以外のあらゆる表現にも言えることだ。言語は相変わらず不吉で、人の背後で呪いのように輝き続けている。ボーディンの死で、改めてそれを思い知った。彼の死後の世界が、安心とは無縁の、戦場のように熱く煮え滾る最悪の厨房でありますように。
追記:おれにボーディンを教えてくれたのは清田いちるさんです。マジ感謝。