「お待たせしました。」とテーブルに... by 橙 | ShortNote

「お待たせしました。」とテーブルに置かれたカレーには野菜の素揚げがたくさん載っていて、本当に美味しそう。
お店のおばちゃんがにこにこしながら
「全部ここで朝穫れた野菜です。美味しいですよ。」と教えてくれた。
知ってます。昔、よく食べましたから。
山奥のそのまだまだ奥の小さな村で父は生まれた。父の父、私の祖父は、荷車を引いて下の町から生活物資を運ぶ仕事をして、1人の女の子と4人の男の子を育てた。父の母親は、末っ子を産んだ後の肥立ちが悪く、幼い子どもたちを残して亡くなったので、長姉である叔母がなりふり構わず畑を耕し、弟たちの面倒を見続けた。貧乏だったから毎日毎日、野菜ばかり食べていた、と父はよく話していた。
結婚もせずに4人の弟をそれぞれにしてからも、叔母は野菜を作り続け、よく送ってくれた。たまに手伝いに行くと、喜んで食べきれないくらい持たせてくれた。「長靴の土はちゃんと落としていけ。畑の土がもったいないからな」とよく怒られた。今、自分で小さな家庭菜園を始めて、叔母のことばがよくわかる。長靴の土も野菜の土も、畑で全部落としてくる。野菜を洗った水も畑に捨てる。そのおかげか、叔母の野菜にはかなわないけど、そこそこ美味しい野菜になっている。
5分前の事さえ忘れてしまう父が、生まれ育った村の名前を出すと、ゆっくりと遠い思い出の中に帰って行く。芋やカボチャを美味しそうに食べる。
1人で家を守ってきた叔母も年老いて山を下る日が来た。父の生家は空き家になった。
叔母が、欲しいものがあれば何でも持って行けよと言うので、行ってみた。勝手口の向かいにある戸のない物置に古い道具がゴタゴタと押し込まれていた。その中から、竹で組んだ「み」、肩掛けがぼろぼろになって何度も修繕してある「ぼて」と呼ばれる背負いかご、三つ又の太い枝を上手く細工して使い続けて手の脂でつるつるになっている豆たたきと、祖父が手作りしたという机を貰ってきた。我が家の畑で、居間で、それぞれ役立っている。時々、父に「覚えてる?」と聞くと
「見たことがあるような気がするなあ」と言いつつ、毎回新鮮なようだ。
父の故郷は、今、自然豊かな観光地として人気スポットになっている。その昔、貧乏ゆえにそれしかないからと食べていた野菜たちが、こんなにおしゃれなおもてなしメニューになるなんて、父も叔母たちも想像もしなかったに違いない。