チョコにまつわる思い出

もしかして、明日はバレンタインか。
布団を汗で湿らせて(※インフルエンザだから)、薄ら暗いノートを書いている場合じゃない。
わたしは今のところ、そんなにチョコに拘りがない。ロッテかグリコか明治だったら明治、という程度だ。お菓子を買ってもらうことがほとんどなかった幼少時代、食べるチョコといえば父親が極稀に会社でもらってくるゴディバかピエール・マルコリーニか帝国ホテルのものだった。今思うと贅沢な話だけれど、子どもにとってはそんなに美味しいものじゃない。ちなみにピエール率が最も高く、あのカカオのイラストを見ると、またお前か、という気持ちになる。なお、ゴディバなら絶対にクッキーの方が好きだ。
しかしながら、パッケージ好きとしては、特別デザインが溢れるこのバレンタイン祭りを逃す手はない。就職してからは、大混雑の三越に参戦し、人混みに揉まれながら物色していた。そう、残念ながら、バレンタインに「今年こそは〇〇君に…!」という嬉し恥ずかしな思い出は1つもない。侘しい。
大学生だったころ付き合っていた彼は、初彼にして、背が高くて整った顔立ち、優しくて賢い、というわたしには勿体無いような人だった。年は1つ上だけれど、内気な性格で、頼まれたら断れないようなタイプ。(別にわたしが押し切って付き合い始めた、という意味ではない。)
デパートなどないような田舎で、バレンタインの興奮もさほどなかった。日常通りに講義が終わって一人暮らしの部屋に帰ると、彼が笑顔で待っており、手作りのガトーショコラを出してくれた。普段料理など全くしない彼の手によって、部屋のキッチンは大変な荒れようだった。一瞬でも「げっ」と思わなかった、と言えば嘘になる。でも、その片付けを差し引いてもものすごく嬉しかった。
そして本当に美味しかった。見た目はいびつで全然綺麗じゃないけれど、ソファもなくて、タダでもらったブラウン管テレビと小さな丸テーブル、ロフトベッドでいっぱいになるような狭い部屋で、お茶を入れて食べた。作るのも意外と楽しかったんだよ、と彼も照れていた。
と、これがわたし人生最良のバレンタインの思い出である。わたしがすごく喜んだせいか、彼は時々ごはんを作ってくれるようになった。もともと舌がちゃんとしている人だったので、どれも美味しかった。わたしは、親に学費を出してもらっていながら「奢るよ」なんて言う大学生が嫌だったので、この人との素朴な付き合いはとても楽しかった。思えば、プレゼントも高価なアクセサリーや財布などではなかったが、「彼女」ではなく「わたし」を見てくれていることが、いつもとても嬉しかった。あのとき幸せだった。
そういえば、逆チョコをもらったことがもう1度ある。これまた家に帰ったらドアノブにかかっていて、あまり話したことのない大学の後輩からだった。当時面倒を見る立場だったので、うわー義理堅いなーと思いながら有り難く頂いた。ところが友達に「そいつなんで部屋知ってたの?ストーカー?キモい。」と言われて考えてみたら、確かにその通りだった。ちょっと怖い。でももう食べてしまった…。
結局薄ら暗い話で締めてみる。