スズメ

 中央道を長野から戻る途中、双葉サービスエリアで休憩を取ることにしました。
 ベンチのそばに植えられているのはクスノキでしょうか。こんもりと葉が茂っています。その葉陰では、やかましいほどスズメがさえずっていました。
 見上げていると、どこからかさらに飛んできては、止まっていきます。
「夕方だから、みんなして帰ってきたのかな」わたしは思いました。どうやら、ここは「スズメのお宿」のようです。
 ふと、子供の頃を思いだしました。

 まだ、わたしが小学校に上がる前のことです。家の都合で、茨城の親戚の元に預けられていました。
 叔父さんは鳥獲りでしたので、山の中のこの家の庭にも、常々から霞み網を張ってあります。霞み網は細い糸を使っているので、わたしたち人間でも貼ってあることを忘れるほどです。離れて眺めると、それこそぼんやりと霞がかかったようにしか見えません。
 そこへ鳥が勢いよく飛んでこようものなら、たちまち羽が絡まってしまうのです。
 ある日、霞み網がカサカサと揺れるので見にいってみると、1匹のスズメがかかっていました。
 どうにかしてやりたいのですが、いまこの家にいるのは自分だけです。日ごろ、叔父さんからはこう言われていたのです。
「いいかぁ、網に鳥さぁ引っかかってても、触わんな。逃がしちまうと困るからなぁ。おじさんが帰ってくるまで、そのままにしとくんだどお」
 わたしは、しだいに弱っていくスズメを、ただ黙って見ているよりほかありませんでした。

 夕方になって、イトコの敏あんちゃんが学校から戻ってきました。
 わたしはすぐさま、霞み網にかかったスズメのことを話します。
「こりゃ、だいぶ疲れちまってんな。早く、外してやらなきゃ」敏あんちゃんは、網をほどきはじめました。羽だけでなく、脚までも念入りに絡んでしまっていて、なかなか手間がかかります。
 ようやく網から救出されたスズメは、敏あんちゃんの手のひらの上で、ぐったりと震えていました。
「助かる?」わたしは心配で聞きました。
「うーん、相当に力なくしてっからな。どうだろうか」敏あんちゃんも難しい顔で見おろしています。
 わたしたちの見守るなか、スズメは2度、3度ばかり羽をぴくっと動かしました。まるで、空へ帰ろうとするかのように。
 それっきりでした。

 わずかに開いたくちばしの中で、なにか白いものがのぞいています。米粒でした。叔父さんが今朝、霞み網のまえにぱらぱらっと蒔いておいた米の1粒に違いありません。
 わたしの目からは、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちました。
「お腹が空いてたんだね。やっと、ごはんを見つけたのに、食べられなかったんだね。もっと早くに、逃がしてやればよかった。おじさんに怒られてもいいから、そうすればよかった」
「庭に埋めてやんべ……」敏あんちゃんは言い、わたしにそっとスズメの亡きがらを手渡しました。「シャベルを持ってくっからな。ちょっと、待ってろな」
 土を掘って、スズメを穴の底に寝かせます。敏あんちゃんは、米びつからかすめてきた一握りの米を、その上にそっとかけやるのでした。
「悪かったなぁ、スズメ。せめて、天国でこの米を食えな」
 わたしも手を合わせて、
「ごめんね、ごめんね」と何度も謝りました。

 サービスエリアの「スズメのお宿」から聞こえてくるさえずり。なんとまあ、にぎやかなことでしょう。
 あのときのスズメもすでに生まれ変わって、もしかしたらこの群に紛れているかもしれない――。
 そんな思いをはせてみるのです。