不器用な私と母

母は「器用」だと思っていた。
小さい頃から何かと周りと衝突が多かった私からすれば、人間関係のトラブルはほとんどなかったと言う母は、正直、羨ましくあった。
母がパートの休憩に自宅に帰ってきた時のことだ。
いつもお昼過ぎにのんびり、コンビニの惣菜とパンを買って帰って、昼食をとってお化粧直しをするのが、母の休憩時間の過ごし方。
しかしその時は、やけにバタバタしていた。1時間ある休憩時間がもう30分もないようだった。
「なんでそんなギリギリになっちゃったの?」
「帰り道で近所の◯◯さんに捕まっちゃってね〜あの人、お喋りだからずっと話してて……早く終わらせてほしかったわ」
前の私だったら気にも留めなかった一言だが、少し疑問に感じた。
終わらせてほしいなら、それを伝えればいいだけでは?
ある程度話を聞いてから、「ごめんなさい、今急いでいるから、今度またゆっくりしましょ!」と言えばいい。
私がいささか自己中すぎるしれないが、急いでいる時に、わざわざ最後まで相手の世間話に付き合うこともないと思うのだ。
だだ、言い方を少し柔らかくすればいいだけ。
「急いでるからって言って、抜けてくればよかったのに」
そう言ったら母は「でも……」と黙り込んでしまった。
直感した。母も、私とタイプが違うだけで、不器用な人間なのだと。
母は、「相手から嫌われたらどうしよう」と考えて行動するタイプ
私は、「嫌う人は勝手に嫌っていればいい」とマイペースに振る舞うタイプ。
母は自分の気持ちを押し殺して損をする、私は嫌われる人から攻撃を受けて損をする。
似た者同士だったのだ。
そう思えた今でも、やっぱり母の気持ちは分からない。
たとえ誰かに嫌われたって、誰かしら自分を好いてくれる人はいる。
クラスで孤立していた高校時代だって、別のクラスに話せる人だっていた。
何より、万人に好かれるなんて無理だし、他人の評価なんてその時の気分やら何やらで容易に変わる。
それなら、評価を気にしすぎることはない。自分を好きって言ってくれる人と仲良くすればいい。
母にこう言ったら「でも……」とまた黙り込んでしまうだろう。多分、母からしたら私の考えは理解できないものかもしれない。
とはいえ、タイプの違いから衝突することが多かった母を「あぁ、この人も自分と似ている部分があるんだ」と思うと、少しだけ対立するような気持ちが和らいだ。
似ているね、なんて言ったら母はきっと否定するだろうから、ここだけの秘密である。