少年と、かつての少年へ

    僕の友人Aは、仮面ライダーが好きだ。彼には年の離れた弟がいるからその影響か、と憶測していたが、実際は彼自身が好んでいるらしい。幼い頃から、成人しても。
「どうしてだろう?」あの時―ちょうど1年前くらいだ―、僕にはわからなかった。「仮面ライダーは幼い子どもが見るもの」といった先入観、固定観念、…その他諸々に取り憑かれていたのだ。
    事実、僕は幼い頃、仮面ライダーが大好きだった。埃をかぶったアルバムを開けば、かつて住んでいた生家で、仮面ライダー龍騎の格好(と言ってもお面と手作りの変身ベルトだけだが)をした幼い僕が、褪せたフィルムに映っている。
    だというのに、僕はいつの間にか、それを「子どもっぽい」と投げ捨て、そして、すっかり忘れてしまった。
    数ヶ月前、かの友人の熱心さに影響され、何となく仮面ライダーを見ようという気になった。僕はかつて見たはずの物語を見始めた。大好きだったファイズから(当時、東映特撮 YouTube officialで平成ライダーの1、2話が無料公開されていた)。
    その1、2話を見終えて思ったのは、「やっぱり、面白いや」。そこから、かつて見たはずの仮面ライダーの1、2話を見た。クウガ、アギト、龍騎、ブレイド……そして見ることのなかったW(ダブル)、オーズ、フォーゼ…。
    公開されていた全ての1、2話を見て、僕はひどく後悔した。それだけのデータを使用したからではない。「こんなにもよくできたものを、僕は幼稚呼ばわりしていたのか」と。
    あれから数ヶ月経って、僕は時々仮面ライダーのDVDをレンタルして見ている。その中で、ひとつ思ったことがある。「仮面ライダーの物語は、大人へと歩いている少年と、かつて少年だった大人に向けた物語だ」と。
    仮面ライダーに熱心だった少年の僕は、あの物語を理解していたか?いや、―こればかりは断言できる―できなかった。あの頃は、ただあの「カッコ良さ」に憧れたのだ。彼らの言葉の大半を、少年は理解できなかった。唯一理解できたのは、可視化された正義だったのだ。
    かつて少年だった男は、やがて妻をもち、男子をもつかもしれない。その子に、まるで遺伝子に従うように、仮面ライダーを見せるだろう。男は父として、少年となった子どもと共に見た時に、その物語の「意味」を知るのではないだろうか。かつて少年だった自分が見ていた仮面ライダーの物語を見た時に。
*
    もし僕の憶測が正しいとしたら、妻子もなくそれに気づいた僕は、はてさてどうすればいいのだろう?
「まぁどうでもいいか」と言って、また仮面ライダーを見るのだろうけどね。ちなみに僕のお気に入りは、仮面ライダービルドです。