そして漢字で名前を書く。

『友情・尊敬・思慕など、どんな気持ちでもいい。とにかく自分が好ましいと思う人の名前を書いてごらん。フルネームを漢字で書けた人が、君にとっての大事な人。大切で会いたい人というのは、離れようが何年経とうが、漢字で名前をかけるものなんだよ』
これは学生時代、お世話になった教師からかけられた言葉です。
何名か恩師がいるのですが、今回はこの先生のことを書いてみようと思います。
T先生は担任ではなく教科、担当は化学。
いつも朗らかなボーイッシュな印象の女性でした。
詳細は省きますが、その当時、私はクラスにも家にも馴染めず、精神的にも物理的にも居場所がありませんでした。
自分というものが飲み込まれて、なくなるようなクラス特有の〝グループ〟に疲れていたのかもしれません。
とにかく自分自身すら見失い、学校の図書室にいた時でした。
下校時間ぎりぎりにやってきたT先生、最初は「早く帰りなさい」とか「どうしたの?」とか聞かれると身構えました。
だけど「図書当番なのうっかり忘れてた。本借りれなくて困ったよね。ごめん」と言われてしまい、拍子抜け。あれよあれよと言う間に読んでいた本を借りることに。
借りた以上、返却しなければならず図書室へ。下校時間に会えば「戸締まりダブルチェックしない?」から始まり、委員会で使う資料のホチキス止めを手伝ったり。
〝大人びた考えができる〟
〝子どものくせに〟
相反する言葉を投げかけられて、どちらも必死に演じていた私。
それがT先生の前では演じる必要もなく、素のままでいられた。
だから「友達が、大切な人がわからない」と正直に伝えられたのかもしれません。
その私の問いに、先生の返してくれた答えが冒頭の言葉です。
あれから何年も経ちましたが、先生の言葉どおり親友をはじめ、大切な人の名前はどんなに離れていても、フルネームを漢字で書けます。もちろんT先生のことも。
そして、ただ寄り添って見守る。簡単なようで、一番難しい優しさをT先生はくれたんだな。とShortNoteに書いていて、気づくことができました。