デートのあとFacebookをみたらすごく憂鬱になった話

SNS断ちします!みたいな宣言をして、SNSを休んでいる人をよく見かけるけど、正直「そんな事しても、あんまり効果なさそうだなぁ」と思っていた。リア友がたくさんいるFacebookは、断ったり辞める必要がそもそもないなって。友達とはメッセージでやりとり頻繁にしてるし。そんなことを思いながら先日、好きな人と出かけた。わたしはデートの間はなるべくスマートフォンに触らない。その人との時間を満喫したいし、できることなら雑音より、好きな人の情報を収集することに全力を注ぎたいからだ。
嬉しいことが色々あったので、うきうきしながらデートから帰ってきた。一人になって、手持ち無沙汰でFacebookのアプリを立ち上げた。それで何故か落ち込んだ。最初は何で落ち込んだかわからなかったけど、しばらくして気づいた。タイムラインのせいだ。どこそこの社長がこんな失言をしたとか、こんな戦略がすごいとか、こんな炎上をしてるとか、ブログのタイトルが変わってどうのとか。国内のニュースはこうで、海外はこうだとか。芸能人がこんなことしてる、けしからん、とかそういうことをはじめとする懸念が山積みに現れて、わたしをどんよりした気分にさせていた。それで、普段のわたしは、それがネガティブ要素だと気づいてなかったことに気づいた。「なかなか皆、着眼点がするどいな」とか「ふーんこういう意見もあるんだ」とか「このコメントはないよなぁ」とか、そういう感想を持っていて、そういうので良い、と思ってた。みんな知的で賢くて自分の意見を発表できる人たちばっかりの世界で、いいとこだなって。
でも、嬉しくて楽しくて、そわそわするような気持ちを前に、タイムラインでそういうことを見たら、冷たい水を浴びさせられたような気持ちになった。「みんないろんなこと考えて、大変そうだな」。
メッセージは変わらず、リア友と続けていたし仕事の連絡もしてるけど、いま一番いらないのは「タイムライン」なんじゃないのかなぁってなんとなく思って、特にネガティブな気分になる投稿をする人をフォローからはずした。するどい着眼点はすごいけど、この人、ちっとも幸せそうじゃないんだもん。
そして、わたしは今、スマートフォンでFacebook見るのは、もうやめようかなって気持ちになっている。