#超短編 #掌編小説 「ねぇねぇ、... by そーせきくん | ShortNote

「ねぇねぇ、佐藤くんはさ、学校の給食で先割れスプーンってあった?」
「んぇ?あー、イヤ。ないかも……です」
アサミさんが声をかけてくれたってことだけで舞い上がってしまい、うまく受け答えができなかった。サークルの打ち上げ、飲み会の席。
「んーー、じゃ、ヤマジはー?」「え、なにがー?」「先割れスプーン、給食にあった?」「なんだよ、それ」「え?知らないの?」「知らないなにそれ」「え、わたしだけ?」「どこの学校……」「っていうかお前……」「ウケる……」「でさ……」
結局その日、僕がその居酒屋で交わした会話らしい会話はそれだけだった。テーブルの端っこで手持ち無沙汰なのを誤魔化すために、とっくにぬるくなったピッチャーを引き寄せ、自分のグラスに注いでチビチビと飲む。これの何が上手いのか全然わからない。そもそも、僕はなんでこの打ち上げにいるんだろう?そう、アサミさんが誘ってくれたからだ。
「佐藤くん、この後どうする?打ち上げ来る?」
長机に貼りついたガムテープを爪で引っ搔きながら少しずつ剥がしていると、突然背後から声をかけられた。アサミさんは、今日は長い髪を後ろでくるりと無造作にまとめている。汗ばんだ肌に、ほつれた髪がくっつくのを手ぐしですっと搔き上げる。
「じゃ、佐藤くん、参加で」
「え、あ……」
僕が返事をする前に、廊下を横切る山脇先輩を見つけたアサミさんは、そちらに走り寄りながら大声で叫ぶ。
「ヤーマージー、来るよなー。打ち上げー」と、そこでくるっと向きを変え、「じゃ、佐藤くん、お店で待ってるからね」とアサミさんは言い残して去っていった。
店を出て、先輩たちが二次会の場所を探している。そろそろ帰ろうと思うのだが、言い出すタイミングを見つけられないまま、なんとなく僕はグループの端の方に立っている。チラッとアサミさんを見ると、山脇先輩と楽しそうに何か話している。
このまま自分が居なくなったとしても多分気づく人は誰もいないだろうなぁ、と思いつつ。でも、人数が合わなくなったことに誰かが気づいて、「あれ?誰かいない。誰がいないの?」ってなった時に「そういえば、あいつどこいった?」なんてことになるのも面倒なので、とりあえず誰かが帰るまではみんなと一緒にいることにする。正直もうシンドイ。
突然、脚本のアイデアが浮かんだので、スマホを取り出してメモをとる。ちょっとだけ書くつもりがいつの間にか没頭していたらしい。気づいたらアサミさんがスマホ画面を横から覗き込んでいた。「おぉぅ!」と、僕は思わず反射的に仰け反ったので、アサミさんが吹き出した。情けない格好のまま、情けない表情で無理やり笑おうとしたので、僕は余計に情けないことになった。
「飲んだ?」と、アサミさんが聞いてきた。
「あ、ハイ飲みました」
「ビール好きなの?」
「好きっていうか……。まぁ、好きです」と、僕はどもりながら答える。
そこで、ちょっとだけ沈黙があった。
「佐藤くんさ。わたしのこと嫌い?」
「え?イヤ。そんなことないですよ……」
「なんか、いつもヨソヨソしいよね」
「イヤ、そんなことないです。そんなことは全然……」
「……」
再び、沈黙。
「じゃ、好きなんだね」とアサミさんが言った。
僕は思わず、アサミさんの目を見た。アサミさんも、まっすぐ僕の目を見ている。
「あ、あのー」と、僕はどう答えたら良いのかわからないまま、でもここでアサミさんに気持ちを伝えなければと焦る。どうやってこの気持ちを伝えれば?どうやって。
アサミさんの唇がすぐ目の前に迫っている。僕は「好き」と伝えようとして、唇を突き出したままゆっくり近づく。
その時、アサミさんはこう言った。
「ビール」
僕は「へ?」と、間抜けな声を出した。
「ビール、好きなんでしょ?」とアサミさんに言われ、「あ、ハイ。あの……好きです。ビール、好きなんです」と答えた時は、勝手に勘違いした恥ずかしさで僕はもうどうにかなりそうだった。
(好きって、そっちかー)
「佐藤くんって面白いよね。その、独特の間とか、感じとか」アサミさんが一方的に話しかけてくるのだが、僕はもう相づちが打てないくらいのダメージがのしかかってきて立ってるのがツライ。
「佐藤くんって、前から思ってたんだけど、弟みたい」
(ダメ押しきたー)
「弟とはちょっと違うか。うちで飼ってた犬に似てるのかも」
(すでに人間ですらない……)
「なんかこう、ギュッとしたくなる感じ」そう言うと、僕の首に両腕を回して一瞬だけ素早く唇を重ねてきた。
(えっ……)
それがキスだったと理解するまで、しばらく時間がかかった。
「今度、一緒にビール飲みに行こうか」と、アサミさんが言った。
「よーし、二次会いくぞー」と、先輩の声がして、グループが動き出す。アサミさんは、「約束ね」と素早く言って、みんなのいる方に駆け寄って行った。
僕は思わず、こうつぶやいた。
「ビールかぁーーー」
〈了〉