婚活する気にならない言い訳のようなもの

三十路で独身で彼氏さえいないのに、全然焦っていない。焦っていないことに若干焦る。
社内には、40、50の独身女性がごろごろいる。しかしながら、お世辞にもその姿は憧れとは言い難い。既婚女性と比べると、やはり違う。結婚されていると、職場は「仕事をする場所」であり、帰る家が「自分でいる場所」という感じがするが、独身の場合は職場に主軸があり、自分を持ち込んでくる。長年勤めているから抑制する外圧もない。率直に言うと彼女たちは我儘だ。まるでいじめっ子の中学生のよう、つまりはいわゆるお局様である。
そういう存在にはなりたくない、と強く思う。かといって、結婚したいかと言われると、あまりそうも思わない。美味しい家庭料理を作ってくれるハウスキーパーさんがいて、旦那さんが常にちやほやしてくれて、年に2回は海外旅行に行けるような結婚ならしたいけれど、という大学生の妄想レベルの気持ちしかない。現実には、仮に専業主婦だとすると、朝起きて朝ごはんを作って、旦那さんを送り出して部屋を掃除して適当なお昼を食べて夕食の献立を考えて買い物に行って夕食を作って洗い物をして、というルーチンが365日何十年続くのかと思うと、ゾッとしてしまう。(あと洗濯物もあった。)では働けばいいかというと、今と同じ生活に夫という存在が挿入されて、家事は分担されるとしても、例えば残業でヘトヘトになって帰ってきて2人でコンビニ弁当を食べるのとかを想像するとものすごく萎える。
結婚すると、自分を今いるところに決定づけてしまうようで怖い。結局何にもなれなかった自分、やりたいこともない自分、そのことに不満を持っている自分、そんなもの一切がそれらしいもので肯定されて、これまで60点だったものが100点であると錯覚して、満足してしまうんじゃないかという気がする。学校で作る流れるプールみたいに、一生懸命歩いていると思ったら勝手に流れてたという具合に、ただ何かに押し流されていくようで怖い。
そんなわけで、全然婚活する気になれない。目下のところ、特にやりたいこともない自分に不満をもつ自分、というところに留まっている。それがいいのかはよくわからない。「相手を好きかどうかなんて、相手を好きにさせてから考えなさいよ」とどこかの漫画のキャラクターが言っていた。読んだときまさに目から鱗が落ちる思いだった。その通りである。こんなことは、結婚する相手を作ってから考えるべきなのだ。