夏の終わりのプライベートサーフィンスクール

ある年の夏もやや終わりかけの頃。
突然、職場の後輩の女の子が満面の笑顔で「サーフィン教えてもらえませんか?」と言ってきた。
その数日前、休み時間のちょっとした会話の中で、僕が海沿いの街に住んでいてサーフィンをやってることを話したことが事の発端だった。
彼女は見た目ちょっとギャルっぽかったけど、仕事もできるし、根は真面目でしかもかわいい。正直僕にとって彼女はどタイプだったが、お互いに付き合っている人が別にいたので、この日まではそれほど強く意識することはなかった。
最初は「いやー教えるほどの腕じゃないからなー」とかのらりくらりとかわしていると、
「基本だけでいいですから!うちボディーボードもやってたし、ある程度教えてもらえば後はは自分で練習しますから!!」とくい下がられ、思わず承諾してしまった。
そして次の週末に近場の海で二人で待ち合わせることに。当時は付き合っている彼女がいたのだけど、なんとなく言い出しにくく、この日のことは彼女には内緒にしておいた。
当日の朝。待ち合わせ場所にした海沿いのセブンイレブンに彼女は現れた。職場以外で初めて会う、しかも海で会う彼女はいつもと全く違ってみえた。キャミソールにエスニック柄のマキシ丈のスカートを履いていて、足もとは素足にサボ。足の爪には手とお揃いのエメラルドグリーンのネイルをばっちり決めている。普段下ろしていたアッシュブラウンの長い髪をアップにまとめ、つば大きめの麦わら帽子をその上にかぶった彼女は、いつもより数倍大人っぽく見えた。
その日は土曜だったが、天気予報は「曇り後雨」。そのせいかビーチには人もまばら。僕は家から海まで徒歩圏内に住んでいるので水着で自転車に乗りサーフボードを小脇に抱えてきたが、当然のことながら彼女は水着に着替える必要があった。
僕「着替えどうする?」
彼女「ボディーボードで着替えはなれてるから大丈夫っす、センパイ!」
いつの間にか部活の後輩口調になっていた彼女は、筒状になった着替え用のバスタオルをバッグから取り出して、僕の目の前でモゾモゾと水着に着替えはじめた。バスタオルで隠しているとはいえ、彼女の素肌がバスタオルの端から見え隠れする。さすがに同僚の女の子の着替えを目の当たりにするとちょっとドキドキする。とりあえずサーフボードにワックスを塗ったり、リーシュコードをサーフボードに取り付けたりしてして、見ていないようなふりをしてごまかす僕。
そうしているうちに彼女はスポーティな黒系のビキニに着替え終わり、軽くストレッチをしながら言った。
「今日はビシビシしごいてくださいね!せーんぱい。」
「お、おう!」と生着替えのインパクトから全くと言っていいほど立ち直れてない挙動不審な僕。
その後1時間ほどに渡ってパドリングからテイクオフまでの基本を教えたが、彼女はボディーボードをやっていたせいか、それとも元々センスがいいのか、すぐに波をとらえるコツをつかんで勝手にテイクオフし始めていた。
僕「なかなかやるね。俺の教えることはもうないな」
彼女「ウッソだー!んなわけないでしょ笑」
僕「だって基礎だけっていったじゃん」
彼女「えーケチー」
海で波待ちをしながらそんなたわいもない会話をしていると、元々曇りだった天気が急変して雨がポツポツと降ってきた。
僕「体も冷えてきたし、一旦上がろうか。」
彼女「うーすセンパイ!」
砂浜に戻り、しばらく小雨に打たれながら、二人で世間話をしつつ休憩。会話の切れ間に沖をぼーっと見つめている彼女は、なぜかちょっと寂しそうに見えた。少し寒くなってきたので僕の大きめのタオルを彼女の肩にかけてあげると、うれしそうにちょっと照れた笑顔をこちらに向けてくれた。
少しすると雨が強くなり海も荒れ模様になってきた。そのまま今日は撤収することに。その後はまた例の彼女の生着替えタイムがやってきた...。もうビーチの近くに人はほぼいなかったけど周囲の目がちょっと気になった僕は、
「ちょっと歩くけど海沿いのトイレ行って着替えたら?」と提案。
彼女「いいんですここで。そのかわり近くで見張っててくださいね!」
と、少し離れたところで背を向けてリーシュコードを片付けている僕の背中越しに彼女は叫ぶ。たまにバスタオルの端から見え隠れする彼女の白くて細い手足はやけに色っぽくて、とても直視できない。
「別に肝心な所は見えないようにしてるから、わざわざ背中を向けなくてもいいっすよ?センパイ。」と彼女はいたずらっぽく僕の背中に話しかける。
それに対して僕は、
「いやいや。何か起こるかわからないからなー。」と笑ってそのまま背を向けておいた。
二人とも着替えが終わると少し雨が激しくなってきたので、そのままビーチ沿いの海が見えるカフェに入り二人ででランチを食べた。職場でのことや、今読んでる本のこととか、たわいもない話をして数時間を過ごした。
そのうち会話も途切れ途切れになり、二人でアイスティーをのみながらボーッと海を眺めていた時に、ふと彼女が言った。
「今の彼女とはうまくいってるんですか?」
「んー喧嘩ばっかりだけど、まあまあうまくいってるほうだと思うよ」と僕。
その後しばらくして彼女は微妙にオレンジ色がかってきた空をみながら小さい声で言った。
「まだ帰りたくないな...」
その言葉は着替えの時よりさらに僕をドキドキさせた。
「...。この辺は海以外に大したものもないけど、もう少し散歩でもするか。」と僕。
「はい!」彼女は嬉しそうに笑った。
結局夕方まで何をするわけでもなく二人で海沿いの街をぶらぶらした後、彼女はちょっと名残り惜しそうに電車で帰って行った。
その後彼女とは何回か仕事の合間に二人でランチを食べたりはしたが、やはり僕はつきあっていた彼女に気兼ねしたせいか、それ以来二人で出かけることはしなかった。そしてその後1ヶ月半ほどたって、彼女から結婚の報告を受けた。僕としては少し複雑だったけど、彼女も色々あったんだなとそのときは思った。
あれから数年以上立った今でも、あのプライベートサーフィンスクールをした砂浜に行くと、その時のほんのりドキドキを思い出してふと懐かしくなる。