怒涛図

2016.10月
私はある部署に異動になった。
初めて行く部署であった。
独自の雰囲気のある部署だった。
そこで出会った同じ年の女性は趣味で、オーケストラに所属していた。
なんとなく話しをして、数日後に開催される色んな楽器と2人組のコンサートに行く事になった。
私は、その当時、母が闘病していて、心元ない精神状態だった。
2人組の唄声に気付いたら泣いていた。
課長絡みのなにか、こちらで
開催された催し物に同部署で、数名仲良くなった女性と行ったりした。
課長は、女性に大変人気があり、女性は信者のようであった。私はそういう感覚に、正直、若干違和感を感じていた。
ずっとこんな感じだったんだろうな、人となりが垣間見える。
新しい企画つくんないんですか?
そんな事を言った事もある。
翌年、私は大きな別離をした。
部署も、やめた。
正直それどころではない。
久々に、部署を訪れた。
下北という所だ。
そこでの鑑賞を済ませ、友人の家へ行った。
小さな女の子が、私の顔をなんだか見に来てくれた。
課長は、お忙しい方なので、関係者といたり、ご家庭もあるので、私などはそそくさと退散すべき者。
翌日は広重の絵を原宿に友達と見に行った。
高橋一生似の男性が通りすがり、あれ?今の高橋一生じゃない!?
と、言って走って追いかけた記憶がある。
なんだー違うじゃん!
2人で、走って損したーと笑った。
その年の1月に、小布施の北斎美術館という所に行った。
怒涛図が見たくて。
好きなのだ、当時の藍色が、私は。
だから、その時、原宿の美術館で展示されているのもあって行きたかったのだ。
同部署の飲み会など、みんなお近づきになりたくて、すごい。
きっと各地に点在しているだろう。
課長には、関連部署の催し物にこの間行って来ましたなど、報告もしていた。
メールアドレスのみを教えられ、返信があるのは本当に1週間とか10日とか、こちらも忘れたころ。
ありがとうございました〜
一言ふたこと。
盆踊りが開催された時、突然10分後に到着するとの連絡があり、呼び出された。
正直、非常識だと思った。
こっちも都合あるし。
何かご飯を食べた。折半。
この後、会場に行くけど、荷物ホテルに置いて。
そうなんですね、私、帰ります。
明日、友達来るんで、その時行きます。
私は最後、長生きして下さい。
という様な事を言って、終わったと思う。
もう、宛先は分からない。