乗っかってくる猿

ショートノートで文章を読み始めてから、これまであまり見なかった言葉を
ちょくちょく見かけるようになった。
ほとんどがカタカナ語で、リプライ、サブ垢などの
ネット用語だと思われるもの。
面倒臭がり屋の私はなかなかその意味を調べてまで知ろうとはしていない。
ある程度の推測はつくし、リと付くものはなにかの返事のようなものだろうと言う
程度の認識で、自分の中で読んでいる文章の意味は大体理解でしている。
(しているのではなく、しているつもり)
他にも、過去にはあまり使われているのを見たことがないと思う言葉に、
「マウンティング」と言うのがある。
これは、私がこれまでに読んだ本の中に出てきたのを見た覚えがないが、
SNではよく使われている。
文脈からして、その意味は推測に難くないのだが、一応ネットで調べてみた。
このSNの本文で書くのは初めてだが、
(お便りでは書いたことがある)
私は最終学歴が中卒で、学というものがあまりない。
だから、知らないもので、知りたいと思うものは、
辞書などを使って調べるようにしている。
この「マウンティング」、
猿のオスがメスと交尾をする際に、まぁ簡単に言うと上に乗ることが語源らしいが、
動物社会でマウンティングする方は優位を誇示し、もう一方は無抵抗を示すとある。
ただ、SNで使われているのを読んでいるイメージは、
優位を誇示したい一方に対して、もう一方は無抵抗を示したいわけでは
ない。
どちらかといえば、マウンティングされている方は、
全く納得がいっていないし、不満が蓄積しているとしか読めない。
このニュアンスは、あながち的外れではないだろう。
この言葉を理解したと自分で勝手に決めつけた前提で思い返してみても、
私はその言葉(マウンティングされた)が当てはまるような状況に、
自分自身がなったことがないように思う。
(幸せな性格なのかな?)
そもそも、自分が優位だと相手に認識させたがる人って、どんな人なのか?
年上だとか、地位や学歴、立場的に優位に立つ人?
しかし、社会はそれほど甘くはない。
意識しなくても、人は人をよく見ているものだ。
特に、自分が毎日過ごすのに関わりを避けられない人物に対しては
様々な物差しを使って、その人を計っている。
「○○くん、・・・・・・だから、××しておきたまえ。」
とか、言葉遣いで自分が優位だと示しているつもりの人間で、
尊敬に値するような人を私は見たことがない。
(ドラマや映画の中でならあるが…)
言葉遣いで簡単に操られる人ばかりなら、
みんな妙な新興宗教の信者になってしまうのではないか?
※ここからは、感情がわかりやすいように、
所々使い慣れた方言を使わせてもらいます。
真面目に懸命に自分の仕事に取り組んでいる自信がある人なら、
自分の立場を確保するためにそのマウンティングとやらをしてくる奴には、
「アホか!私はお前のために仕事してるんとちゃうわ!
その仕事が社会貢献になるためと、
自分がやったと納得できるために毎日しんどくても頑張っとるんじゃ!」
と、こう思っていればいい。
給料と地位向上のために、甘んじてそのマウンティングを受け入れている人も
世の中には多いだろう。いや、実際にはそんな人がほとんどではないか?
自分にとっての世間が狭くなっていればいるほど、
そのようなマウンティング猿の言動が気になるのではないだろうか?
一般的に、大抵の人は仕事に費やす時間が、
睡眠時間以上に長いだろう。主婦の家事も含めての話だ。
今の仕事を失うことと、今の家族を失うことを天秤にかけた時にどっちが重いと訊いたら、
どんな返答が多いのだろう?
仕事だと答えられたら、私はちょっと怖い。
少なくとも、私は仕事をするために生きているのではない。
かといって、生きる理由を問われても、明確な答えは持ち合わせていない。
まぁ、私は今さら信念を捻じ曲げてまで、
わずかに給料を上げてもらうよりも、
何かに絡めとられないように生きる方が、
日々の精神衛生上よほど健全だと思える。
(信念って何?…、それを訊くな!)
これは、ただの偏屈ではない。
(自分がそう思っているだけ?)
私はお酒が好きだが、基本的に会社の人間とは稀にしか飲みに行かない。
しかし、上司も含めて、仲間たちは私と飲みに行きたがる。
私は会社では業務に必要なこと以外、ほとんど余計な話をしないが、
お酒が入ると、今ここに書いているような話をし始めることがある。
どうやら、会社の仲間は、それが面白いらしい。
だから、週末などは仕事が終わるとすぐに帰ろうとする私を
少人数でなんとか引き止め、飲みの場へ引きずって行こうとするが、
私はまず応じることがない。
誘ってくれることは、嬉しくもあるのだ。
しかし、彼らとは基本的に価値観が違うし、
私の真似をしてもらったからといって、
それが彼らのためになるとも思わない。
ただ、マウンティングをされたフリをして生きられない人は、
私のような生き方もあるし、そんな人間が定年間近になっても
後悔などしていないのだから、それはそれでいいのではないか?
こんな考えで長いこと生きてるヤツもいるって話。