気持ちを否定されること

その時感じている気持ちには、いろいろなものがある。

気が重い、乗り気になれない、会うのは嫌だ、期待して好奇の目で見られるのは気持ちが悪い、期待されるのは重い、私の時間が奪われる、好きでもない人に何で合わせないといけないんだろう。相手の期待と親の期待。断る時の気の重さ。

期待されている、と思うだけで、もうダメだ。断りたくなる。

私に期待しないで。私の好きにさせて欲しい。

でも、気が重いから断ろう、と思って、親に断りの連絡を入れると、なじられる。

「私は母親の言う人とは全部会ったのに、あなたはそうしないのね。」

「常識で考えて、相手が年上になってきたり、相手の条件が悪くなるのは、
この年まで結婚しなかったお前のせいだ。」

「こっちはどんどん体が弱ってくる中、病気も抱えている中、必死で探しているのに。」

「断るなら、なんでもっと早く連絡をよこして来ないんだ。」

すぐ連絡をしないのは、確かに私が悪い。
でも、断ると、私の考えが浅はかだと責められたり、私の「乗り気じゃなくて会っても、多分お断りすることになるから、かえって失礼になる」「乗り気じゃないのに会うのは気が重い」という考えを、「もっと前向きな気持ちで会わないでどうするの」「会ってみないとわからないでしょ」と否定されて、ぐったりしてしまう。そもそも私の心の持ちようがダメなんだ、と言われてしまう。
それがわかりきっているから、断りの返事をいれること自体が、気が重くて、ついつい、なるべく自分のメンタルが安定しているときに連絡入れようと思いつつ、おっくうになってしまう。

お見合い相手を探してきてくれる労力については、
確かに、そこまで身体を動かさせて、エネルギーを使わせて、疲れさせているわけで、
それはとても悪いなと思っている。
命を削って、やってくれていることかもしれない、とも感じる。
結婚相手が見つかるまでは、死んでも死にきれない、と言われる。
そこまで、結婚しようとは思わない、結婚しない、なんて言うと、お前はおかしい、
こっちの気持ちがわからないのか、と、ますます激怒される。

気持ちはわからなくはない。でも、そんな風に、責められたり、怒られて、電話を切った後は、結婚とかどうでもよくて、もう死にたくなる。
私はまた親不孝をした、私は親を不幸せにする、駄目な人間なんだ。
親の最大の希望をかなえてあげられない、性格ブスの、妥協を知らないわがままで、醜い人間なんだ。
自分がとても、醜い人間のように感じて、もう死んだ方がましだ、という気分になって、しばらくは最悪の気分をひきずる。

でも、はたしてそうなんだろうか。
親の最大の希望をかなえてあげられない私は、そんなに、悪い人間なんだろうか。
私が、「これは嫌だ」「この人と会いたくない」「こうしたくない」と言った時、
なんでいつも、「それはおかしい」「わがままだ」と、否定されるんだろう。
親の期待を裏切った時、私の感じ方を否定されるのは、なんでなんだろう。

感じ方を否定されるのはつらい。

私が思ったこと、感じた事、私の考えを否定された後には、
私が生きてること自体が悪いのかな、と思ってしまう。
なんで、私が素直に率直に感じたこと、これはやりたくない、こうしてほしくない、
あるいは、やりたいと思ったことを、否定されるんだろう。

「そんなのはわがままだ」と言われる言葉が、とてもつらい。

私のやりたいように、過ごしたいように、過ごすのは、いけないことなんだろうか。

「そんな考えなら、あとできっと後悔する」「知らないよ」と言われる。

私の気持ちは、きっと、待ってても、いいよ、って言ってもらえないんだろうな。
そういう日はこないのかもしれない。哀しい事だけど。
なるべく、家族仲良く、平和で過ごしたい、波風立てたくない、
親孝行したい、って思ってきた。
でも、メールや電話で、愚痴られたり、どんなに今、こっちは体が弱いかとか、苦労してるかとか、それから、親に親切にしない、私の態度を責められたり、と、
エネルギーを削がれる言葉を言われる度に、
「もっと距離を置きたい」「もっと離れていたい」「関わりを持たずに生きていきたい」
って思う。ひどい時には、「早く死んでくれないかな」って思ったりする。
自分の親なのに、大切に育ててくれた親なのに、そんな風に、冷たく思ってしまう。

でも、私は自分の気持ちを大切にしたい。
私が感じたり、考えることを、自分で尊重していきたい。
感じたことを言うと、否定されるなんて悲しい。
たとえ、その感じ方をうまく説明できなかったり、筋が通っていなかったとしても、
頭から否定はしないで欲しい。
その感じ方はおかしい、って、言わないで欲しい。
感じ方を否定されるのはつらい。そう言われると、私がおかしい人間なんだ、って気になってくる。

そういうことが、まるごと、「結婚」という話題の中に含まれてくる。
だから、問題は「結婚」だけに限った話じゃない。
今までの、親とのコミュニケーションの問題が全部、ここに入ってきてる。
苦しいなあ。親と関わるの、もう気が重い。
・・・と、ここまでの、あれやこれやを人に言ったり書いたりすると、
やっぱり人によっては、
「それはあなたの方がわがままだよ」
「お見合い相手を見つけて来てくれてるのに、断りたいなんて、贅沢。親不孝者。」
って言われるのかもしれない。ここまでの文章に反感を持つ人もいるかもしれない。
「親の気持ちがわからない人間だ」
ってやっぱりあきれられるのかもしれない。
そんな風に、自分の気持ちを人に言ったら、責められるかもしれないとも思うし、
親がああだこうだ、と書いて、被害者ぶってる私に反感をもつ人もいるだろうし、
そして、反感をもった誰かにお説教されて、お前の方ががわがままなんだ、悪い人間なんだ、って、また責められることになるのは苦しかったから、自分の気持ちは人に言わないできた。
私が本当に苦しいと感じていることなのに、それを責められるのは本当につらかったから。

でも、せめて、私は私のことを大切にしてあげたい。
苦しい事を我慢する、とか、妥協する、それで結婚という現実の問題をうまく解決させる、とか、
そういうことじゃなくて、
私は、私が楽しいと感じたり、大切にしたい、と感じたり、今精一杯生きてるって
思えるようなことを、大切にしていきたい。
親の存在は大事だけど、
自分の感じ方を否定されて、わたしも自分で自分のことをおかしいと思いながら過ごすなんて、よくないことだと思う。
たとえ私が悪い子どもで、人間としてわがままだったんだとしても。