私がうつ病と認めたころ

うつ病のことを説明するのはうつ病の人には難しい。私も最近まで説明なんてできなかった。最近やっと少しずつ説明できるようになった、症状がではじめたときにすぐに悪化を止めることができるようになった。これができるようになったのは本当に最近のこと。それまではただ立ち止まって、痛みが去るのをひたすら耐えて、気づくと何時間も経っていることなんてしょっちゅうあった。




うつ病になり始めのことはまだ気持ちの整理が追いついてないので、記憶もないし、感情がぐちゃぐちゃになるので、説明できない。だから、自分がうつ病だと自分で認めた頃の話をしたい。

私は休職をした。最初は1カ月と言われて、私自身1カ月で戻るつもりでいた。でも、できなかった。私自身は戻ろうとしたと思う。出勤しますって言い張ったと思うし、医師にも「そんなに休めない」って言ったのではないかと思う。しかし、医師になだめられ、諭され、自身が復帰できる状態じゃないことを冷静に受け止めて、休職を延期した。そこからはいろんな気持ちと葛藤した。


みんながあくせく働いている中、自分だけが休んでいる後ろめたさ。焦りもあった。どうにか復帰を早めようと、仕事に関わる書物を読もうとした。そこで私は愕然とした。なぜなら文章が頭に入らなかったのである。大好きなはずの小説も全く頭に入らない。読んでいるのに、どこを読んでいるのかすら分からない。内容が理解できない。一文さえも読めなかった。音読はできたと思う。でも、内容が全く理解できないのである。この時に初めて、私はうつ病なのだと納得した。

そして、全ての刺激がダメになった。テレビの映像や外部の音。人の気配。全部排除したくなった。たまに気分転換にと母と近所のスーパーまで行くが、まるで自分の足で歩く力がなく、荷物を持つどころか、母に手を引かれて駐車場の車まで戻ることがしょっちゅうだった。そして、帰り着くと決まって突っ伏していた。その買い物の前までずっと横になってぐったりとしていたにもかかわらずだ。何もしてないに等しく、テレビはうるさいと消してしまい、ただ静寂の中で過ごした。

父が苦手だった。私がただ家でぐうたらしているようにしか思ってないため、父が帰っても何もしないでいると、口うるさくあれこれ言ってきた。泣いて、自室や階段でうずくまっていたことも一度や二度ではない。今は分かる。父も焦っていたのだと、でも、そんなこと当時は分かっていても、応えることはできなかった。