妙なプライド

近年減りつつあるらしい「友達大勢が集まって騒いでもいい家」、僕の家はまさにそれだった。
小学校6年生の時は特に集まりが良く、毎日10人前後の友達が集まった。学校から見ると僕の家とは反対方向の家の友達も、放課後わざわざ集まったものだった。今考えると、だった1〜2時間遊ぶためだけなのによく毎日集まったものだ。
僕が学校から帰ってからは次から次へと友達がチャイムを鳴らした。インターホンにマイクがついていないタイプで、本来ならば玄関先まで行かないといけないのだが、僕は二階に住んでいたため、いちいち友達10人分階段を降りていくのは面倒で、毎回「はいどうぞー」と叫び、鍵のかけてない玄関を勝手に開け、上がってきてもらっていた。しばらくすると、リビングに入りきれないぐらいの集まりになる。
もっぱら遊んでいたのはテレビゲーム。当時の最先端は、任天堂から出ていた「ゲームキューブ」というゲーム機だったが、僕の家では未だにその1つ昔のゲーム機「ニンテンドー64」の「大乱闘スマッシュブラザーズ」という対戦ゲームがブームだった。
余談だが僕の友達の間ではなぜか「スマブラ」と略すのではなく「ダイラン」と略したものであった。
ダイランで対戦できるのは4人までなので、残りの者は遊戯王カードで対決をしたり、漫画を読んだりして、交代を待ったものだ。
僕はこのダイランにおいては、無敵を誇っていた。4人中対戦成績下位のやつが待機している者と交代するようにしていたのだが、ほとんど交代することなく、僕が飽きるまでコントローラーを握っていた。長年使っていて反応が鈍い黄色いコントローラーを専用としてわざわざ使い、自分にハンデを課していたが、それでも負け知らずであった。
そんな負け知らずの僕は、みんなから毎回「やっぱ強ぇなぁ」と褒められ、完全に調子に乗っていた。そしてそこには妙なプライドがあったのだ。
ある日、友達が「くまおにもっとハンデをつけよう」と言った。
どういうハンデかというと、普段やっていたルールは、4人それぞれが独立して戦うサバイバルルールだったのだが、ゲームの設定を変更してチーム戦にしようというものだった。それも僕1人対残り3人というかなり過酷なルールであった。
さすがにそんなハンデでは勝ち目がないというのは分かった。どうにか断ろうと思ったものの、負け続けで鬱憤の溜まった友達は引きそうにない。そしてあれよあれよと言う間に対戦が始まってしまった。そんな理不尽な勝負は引き受けなければ良いものの、妙なプライドが邪魔して、コントローラーを離すことはなかった。王者として負けるわけにはいかない。そんな気分だった。
なんとか食らいつくものの、やはりどんどんと負けが見えてきた。1人1人なら絶対に負けないのに。そんなことを思いながら悔しさとイライラが募ってきた。
そしてついには敗北。僕の悔しさは頂点に達し、涙を浮かべながら激怒した。コントローラーを投げつけ、自室に入っていった。友達からしたらほんのお遊び程度だったことなのに、僕の妙なプライドを酷く傷つけたのだ。今となってはなんとも無様だと思う。
自室に入った僕は、とっさに「悪いことをしてしまったと、アイツらに思わせよう」と思いついた。それは自室にいると見せかけ、窓から屋根をつたい、リビングにつながるベランダへと隠れるというものであった。なんとも小狡く陰湿な男である。
早速実行に移し、ベランダに身を潜めた。心配になった友達が僕の部屋に入るものの、僕の姿は無く、ザワザワしている。ざまあ見ろと思いながら、友達みんなが家の中を捜索している様子を見守っていた。
しばらくして、オロオロするみんなの姿を見て気分が良くなってきたので、そろそろ出てきてやろうと思っていたら思わぬことが起きた。なんと奴らは捜索を諦め、ゲームを再開しだしたのだ。うぉーい!諦めるなよ!僕ここの住人なんですけどー!と思いながらも心の声は通じず。
またイラついてしまった僕は友達みんなを帰らせてしまったのだった。
こんな妙なプライドを持った陰険な男だったが、友達は次の日学校で謝ってくれた。そしてまた次の日から、何事もなかったかのように遊び続けたのであった。子どもの頃というのは素直でなんとも良いものだ。
持つべきものは友達。持つべきでないものは妙なプライドである。