大停電にて

いつもの街が、いつもの街でなくなった。
あの台風が去ったあと、朝の光に照らされた外の景色を見て愕然とした。
倒れた電柱、飛ばされた屋根、真っ暗なままの馴染みの店、不安そうに立ちすくむ人々…。
ああ、これは現実なのだ。
まったく準備をしなかったわけではない。
東日本大震災で両親の実家が被災したことから、防災意識を持っていた我が家は、これまでにない大型の台風が来るという警報をしっかりと受け止め、庭の片付けをし、食料、水の確保などきちんと備えてはいたのだ。
でも、何かが違う。
確かに物質的な備えはあった。
わたしに足りなかったのは、備えていなかったのは、気持ちだった。
どこかで、そんなに酷くならないだろうという甘えがあったに違いない。
その気持ちこそ、予定されていた復旧の遅れへの焦りとなり、じぶんの弱さを露呈させたのだと思う。
たったの3日間。
たったの3日間、電気が通らなかっただけで、気持ちは落ち込み、さきの不安をずっと考えてしまった。
今も苦しんでいる同県民がいる。
どうか、この時だけは、「備えをきちんとしなかったからこうなるんだ」「前例を見れば、大変なことになるには分かったことだろう」と叩くのはやめてほしい。
私たちは、その甘さを1番実感し、泣きたいほど痛感している最中なのだから。