夢の詰め込み

【一生を使ってやりたいことリスト】を夜、家でゆっくり考えながら書いてみた。切欠は破天荒な幼馴染だ。数日前、お昼の海の見えるカフェで食べながら世間話を話していたら、急に「あ!」と声を少し高くして勧めてきた。
リストを書いてから、自分のしたいこと、その為に今したいことが明確になる。
やりたいことがあり過ぎてどうしようかと思った!
と、彼女が言うのを聞き、「例えば何を書いたの?」と質問をした。
この時点で、私自身のことを顧みながら聞いていても、何も思い付かなかったからである。
彼女は将来農業がしたい、果物を育てたい、馬を飼いたい等、現実味の有る事から無い事まで羅列していった。
でも、それらを全部叶えそうな気がしてしまう面白いこの子のことが大好きだ。
そして、反対にパッと複数思い浮かべることのない自分が何となく面白くなくて、自分も何かしら書いてみようと思ったのだ。
手に取ったシャーペンを握り締めはするが、中々やはり、進まない。
ウェブで旅行等の記事を見ながら再度考える。ああ、オーロラ見てみたいかも。音楽の街、オーストリアに行ってみたいかも。
高い商品の記事を見ながらまた考える。あ、これが欲しい、あれが欲しいかも。
一瞬やってみたい、欲しいという考えが過ぎりメモに書いたものの、一拍してから消しゴムで擦った。
その場その場で思うだけで、別にそれについて思いを馳せたことはないし、多分一生をかけてやってみたいものではない気がしたのだ。
将来わたしは何をしたいのか。小さい頃からこの手の話題は苦手だったなぁと苦笑いしてしまう。
それこそ幼稚園の時から何にしても「自分にはできない」って意識を抱えていて、それが募って、本当なら出来たかも知れないことでもやろうとしなくなっていったし、何かをやりたいという意識も薄れていったように思う。
なーんで4年間くらいしか生きていない時からそんなことを思っていたのか、とても不思議だが何故か私はそんな子らしい。
メモに書こうとして改めてわかった自分の薄さが少し嫌だ。メモは白紙だ。
ちょっとでも、何かをやりたいとか、好きとか、嫌いとか、自分が忘れてしまう前に、それこそメモを取るようにしてみよう。
頭空っぽならー、夢詰め込めるーと何かの歌で聴いた気もするので。この1年で、詰め込みましょう。