家の本棚

若い頃から自他ともに認める食いしん坊だったが、五十二歳ともなるとさすがに昔のような食欲はない。しかし、時間にはいやしくなってきている。
未読の本がぎっしり詰った本棚を見る時、よく焦りを感じるのだ。読書に走ったら家の事が出来なくなる。でも少しでも暇があれば本を読みたい。そんな思いが募り、いつか読むつもりで買った本が増える一方だ。
どうせ読みたい本がすべて読めるはずもないのだし、のんびり生きたらいいではないか。そう思おうとするが、まだ駄目だ。いっそ入院でもしてしまえば、少しは願いも叶うというものだが、野暮な考えである。
日々そんなことを思いながら、週末にいつも立ち寄る古本屋の前を通りがかると、居ても立ってもいられなくなり、店内の人となっている。書棚の端から端まで物色しては、掘り出し物の本があると、値段を見てちょっとうなりながらもそれを購入する。
そして、店向かいにある喫茶店に入り軽食を頼むことが、慣習のようになってしまっている。もう二十年近くはそうしているだろうか。
窓際の席に腰を下ろし、道往く人を眺めながらコーヒーをすする。仕事や家庭から解放されたこの時間の一杯のコーヒー、これが美味い。注文した品がテーブルに運ばれた頃、おもむろに今さっき買った本を袋から取り出し、ページをパラパラとめくる。じっくり読むことはない、このパラパラがいいのだ。タバコに火を点けて、ゆっくりその煙を吐き出す。なんとも贅沢な気持ちにさせてくれる時間である。
ふと、何気なく店内を見渡すと、ボクと同じような若い二人連れがいる。ふたりはお互いの本を見せ合っては、何やら笑顔で語り合っている。きっと古本屋での収穫を見せ合っているのだろう、なんとも素敵な光景である。
そんな彼等もやがては、ボクと同じく、自宅の本棚を見ては焦りを感じる日が来るのだろうか、コーヒーをすすりながらそんなことを思うのであった。