ピンクの封筒

 あれは高校生の時の話である。
学校に恋愛ブームが訪れた。
それまで基本的に男子と女子は別々のグループだったのだが、ある日を境にその壁が崩れた。
まあ、高校生にもなれば恋愛に興味を持つのは健全である。
学校には一応恋愛禁止というルールがあったが、もはやそのルールは意味を持たなかった。
日ごとに増えていくカップル。
お似合いの二人もいれば、なかにはえっ!あいつがあの子と、という意外性のある組み合わせもあった。
男子から告白することもあれば、女子から逆告白することもあった。
そうして、多くのカップルが誕生し、休み時間になるとイチャイチャした空気が教室に充満した。
私はとても教室に居づらく、ウオークマンを聴いて時間をやり過ごしていた。
そんなある日、私の机に友達の森川君がやってきて「お前も彼女作れよ。」と言ってきた。
彼は恋愛ブームに乗って見事に彼女を作り、ラブラブな毎日を送っていた。
正直聞きたくもないのろけ話を延々と聞かされるので、私は少しうんざりしていた。
「好きな子いないの?」とズバリ聞いてくる森川君、その時私の心はドキンとした。
誰にも話していなかったが、私にも気になる子がいたからだ。
それは同じクラスの椎木さん、顔立ちが当時人気絶頂だった鈴木杏樹に似ていた。
性格はさっぱりしており、とても明るい子だった。
地味で、根暗だった私にはまぶしい存在だった。
好きだったかどうかと聞かれれば多分好きだったのだろう。
何だかはっきりしないが、それまで人を好きになったことなんて一度もなかったので、これが恋だなんて思いもよらなかった。
椎木さんとはたまに挨拶するくらいで、話したことはほとんどなかった。
ある日の放課後、私は森川君に恋愛相談をした。
椎木さんの事が気になるけど、どうしたらいいのか?
すると森川君は、「そりゃ告白しかないでしょ。」と言ってきた。
告白…私が椎木さんに好きだと言う…
いやいやいや無理無理!
内気な私にとって告白はあまりにハードルが高すぎた。
出来ないよと弱音を吐く私、すると森川君がじゃあ手紙でも書けば?と提案してきた。
いわゆるラブレターである。
もちろんそれまでの人生で一度も書いた事は無い。
それでも手渡しは無理だよ。と再び弱気になる私。
そんな私を見かねた森川君は、「だったら俺が渡してやるから。」と言ってくれた。
それなら、何とか出来るかも。
そう思った私はラブレターを書くことにした。
下校時、文房具屋に寄って、精一杯ラブリーな便箋を買った。
帰宅して、上の空で夕飯と風呂をすませラブレターを書きはじめた。
書き出しだけで何枚もの便箋がゴミ箱行きになった。
当時はネットも携帯電話もなく、ラブレターの書き方なんて本も売っていなかった。
どうやって書けばいいんだろう、途方に暮れながらも、必死で文章を考える。
そうして、一文字ずつ置いていくように言葉を埋めていった。
完成したころにはもう、夜が明けていた。
自分では会心の出来だと思った。
興奮しているので眠くもない。
出来上がったラブレターをピンクの封筒に入れて、ハート形のシールで封をした。
私は、登校してすぐに森川君をトイレに誘い、渾身のラブレターを託した。
彼は「返事貰ってくるから、ここで待ってろ。」と言い教室に戻っていった。
私の心臓は張り裂けそうだ、緊張して口の中がカラカラだ。
もし椎木さんと付き合えたら…と期待が最高潮だった。
すると、森川君が戻ってきた。
なんとなく気まずそうな顔をしている。
ん?
嫌な予感がする私。
森川君は開口一番「ごめん、無理だってさ。」と通告してきた。
足元がガラガラと崩れるような気がする、頭の中はショックで真っ白だ。
私は意気消沈しながらも、何で駄目だったのかを聞いた。
すると、「字が汚くて、誤字も多いし、気持ち悪いから無理」と理由を教えてくれた。
ハハハと乾いた笑いが出た、自分なんかが椎木さんに告白しようなんて、なんておこがましいんだ。
そう思い、自虐的になる私。
それからは教室で椎木さんと会うのが、とても気まずかった
彼女が目を合わせてくることは二度となかった。
今思えば振られてもいいから、直接告白をしておけばよかったと思う。
手紙で、しかも人任せという中途半端な方法しか取れなかった自分が情けない。
まあ、そんな自分でも大人になればたまにはいい事もある。
あの失恋も、今では大切な思い出の一つだ。
字は相変わらず汚いけど。