人生で1番美味しかったものはたくさんあるから

わたし、小さい頃びっくりするくらいものがわかっていなくて、電車にまともに乗れなかった。
自分の向きがわからなくて、とりあえず左行けばいいんじゃないのと思って電車に乗ろうとする。
そして親は一生懸命説明したつもりになっているが、早口だわ歩くの速いわで、何も理解できないまま目的地に着くので、たいがい覚えられないままであった。
けれども、なぜか遠くの遠くの音楽教室に通っていたので、どうにかして行かなければならない。幸い自宅近くから教室まで行くバスがあって、とてもとてもとても時間をかけて、のんびり通っていた。
今はその路線はなくなっている。
1日でグループレッスンと個人レッスンがあり、長くかかっていた気がする。
教室が終わるといつも暗かった。そして、おじいちゃんがスーツで待っていたことがたびたびあった。
公衆電話から、親に、今日おじいちゃんと食べてくる、と話す。
しかし、世の中で1番怖いのは母親の機嫌であったわたしは、びくびくしながらいつも電話していた。
そのたびにおじいちゃんは、おじいちゃんは、おかあさんの父親なんだから大丈夫だと言ったが、頭で理解していても、優しいおじいちゃんがおかあさんより強いとはどうしても思えなかったので、心の底から楽しめる気がしなかった。
わたしだけずるいかも…。
おじいちゃんは、いつも、ピアノの生演奏のあるお店に連れて行ってくれた。
はじめに、タマネギのスライスとハムが出てきて、ドレッシングがかかっている。冷たいタマネギをハムで巻いて食べるととてもおいしい。
おじいちゃんはいつも、食べて良いよとたくさんくれる。あとで家で何か言われたらどうしようと思いながらも、食いしんぼうが勝ってたくさん食べる。
お肉が来て、おじいちゃんはそれもくれる。おじいちゃんはあまり食べない。だからとっても細い。わたしは御飯とお肉をたくさん食べる。
ピアノ、上手い?と聞かれても、わかんない。と答えた。わたしもいつかこういう仕事がしたいと思っていた。
おじいちゃんは、お金持ちだと思っていた。いつも美味しいものを食べさせてくれた。おとうさんと違ってスーツだった。賢そうだった。大きいカメラを持っていた。わたしがふたを開けると、残念そうな顔をした。
おじいちゃんは、ほんとうは、とっても貧乏だった。スーツを着て家を出て、着いたら作業服に着替えて、工場につとめていた。頭は良かったが、身体が弱すぎて、いいところで働けなかったとあとで聞いた。
おじいちゃんはすぐに死んだ。だからあのお肉はもう食べられない。
あとであの店に食べに行って、おじいちゃんと一緒だから美味しかったんだと知るのは、ずっとあとのことだ。