いずれ心から理解し合うためにこそ

私が面倒を見た若い衆の中でも、トップクラスの生意気小僧がHくんだ。
このHくん、ひじょうに頭が良い。一度説明すれば、すぐに理解して出来るようになる。普通の人が1ヶ月かかることを2週間かからずに出来るようになる。
だからか、出来ないやつを小馬鹿にする。「出来ないのがわかんないね」と。
おかげで、他の先輩たちからの評判はめっぽう悪い。同期からもあまり好かれている方とは言えない。後輩からも、優秀なんだけどよくわからない人扱い。
一応、私には従順だ。彼いわく「梟さんは合理的」だからだそうな。
Hくんが巣立つ時、私が最後にかけた言葉は、
「おまえは心から師匠と思える人に会ってからが本番だね。
 それまで苦労するから、がんばりなさいよ」

あれから数年経ち、同期の何人かは芽が出始めたのだが……
成績優秀だったはずのHくんは芽が出ぬまんま。
さすがにHくんも焦ったらしくて、先日、数年ぶりに相談しに来た。

Hくん、久々の再会に乾杯した直後、すぐに聞いてきたことは
「僕がこういうことになるの、予想できてたんですか?」
「うん。こうなるだろうなー、と思ってたよ」
「ずばり、それはナゼですか?」
「ハッキリ言ってほしいの?」
「ハイ、ハッキリ言ってください!」

「オマエ、愛想がなさすぎなんだよ」

愛嬌と言われて、Hくん、一瞬ポカン……としていた。
数秒の後、「……それはもっと媚びろ、ってことですか」と続いた。
私は(あー、このバカ、変わってないなあ)と苦笑した。

私は「揉めるな」と若い連中に言う。
表面上だけでも、穏やかに和やかに、そしてにこやかに接しろ。わかりやすくいえば「上っ面だけは良くしておけ」「上辺は取り繕え」と。
十代後半や二十代の若い奴は、私の言葉に反発する。「仲間なんだから、心の底から信頼し合える関係を云々」と反論するが……
私の回答は「だから、おまえらはバカなんだよ」。

家族ですら、心の底から信頼し合うのは難しい。
夫婦や恋人同士でさえ、双方の努力を必要とする。
ましてや、友人かどうかもあやふやな、知人程度の関係で、心の底から信頼なんてチャンチャラおかしいよ、と。
知人として知り合い、お互いの長所や短所を見ながら、徐々に理解し合っていく。それには時間がかかって当たり前。
じゃあ、よく知らない仲だからといって、知らんぷりするか?
そんなわけにはいかない。
嫌いな相手だからといって、わざわざ喧嘩をするか?
そんなわけにもいかない。

大人の最低限の礼儀作法とは、揉めないこと、空気や雰囲気を悪くしないこと。
揉めないためには、表面上だけでも愛想よく、礼儀や行儀を大事にすること。
一番下っ端のペーペーだけが愛想よくすればいいのか? 違う。
先輩や上司だからこそ、後輩に対して愛想よく振る舞わなければならない。後輩や部下の緊張を解くつもりで。
偉くなればなるほどに、優しく朗らかでならねば。

若い頃、無愛想だった奴が、三十代になってから愛想が良くなることなんて、絶対にない。若い頃から愛想の悪いやつは、オッサンオバサンになるとより愛想が悪くなる。

上っ面を良くする、上辺を取り繕う。
こう言うとイメージが悪いのだが、
いちいち揉めたり、雰囲気を悪くするくらいなら、表面上だけでも平和なのが一番。
心から理解し合ったりするのは、その後でも十分に間に合う。
一緒の空間に存在していて、お互いに苦痛にならない存在になること。
そのために大事なことは、愛想であり、愛嬌。
たかが、それくらいのことを「媚びる」なんて思うほうが尊大だし自意識過剰。

Hくんとは3時間ばかりこんな話をしたのだけれども、最後の1時間はしみじみと納得してくれた。

上っ面、上辺、大事だよん、というお話でした。