誘惑のひとつやふたつくらい

 その男が今月も東京に来ることになった。遠距離恋愛をしている我々にとって次会える見通しがあるのとないのでは安心感が大分違う。次に会う日指折り数えてそのときが来るのをじっと待つまでだ。
 
 東京に来るスケジュールを調整してもらい、2泊3日くることになった。さて、もう1泊すれば私の休みと重なりデートができる。誘惑してみようか。
 「4日目を作るとデートができます」
ラインを送る。
 「誘惑してるの?」
返事がくる。
そりゃ好きだからね、愛してるからね、誘惑のひとつやふたつ、くらいしますよ。なるべくたくさん一緒にいたいですから。
 帰らないで、東京にいてて、そんな本音は隠して、誘惑をする。
 叶わないことをストレートに言って、叶わないねって悲しくなってお通夜みたいな空気にしない。この遠距離恋愛をするにあたって私もその男も悪くないのだから。
 
 目の前にある距離を見つめて、誘惑して、例えそれが叶わなくても「ふふふ、じゃあまた今度ね」と笑っていられる。また誘惑するから、あなたは覚悟しておいてね。誘惑するとうれしそうにするその男。きっと左の口角をそっと上げて一瞬だけ表情を崩しているだろう。知ってるの、うれしいときにそういう顔をするのを。
 それの繰り返し。いつだってドキドキさせたろ、と思ってこの距離を越えていくまで。