【前編】ジェームズ・ボンドは明かさない

ハリウッド俳優のロジャー・ムーア。
彼は1973年~1985年の間に、イギリスの大人気スパイ映画『007』シリーズで、7作にわたってジェームズ・ボンドを演じた。
そんな彼がまだ『007』のジュ―ムズ・ボンド演じている1983年。
『007』シリーズが大好きな当時まだ7歳だった男の子のヘインズ君とその祖父が空港でロジャー・ムーアをたまたま見かけた。
ヘインズ君は興奮し、祖父に一緒にサインをもらってきてほしいと頼んだ。
祖父はエンタメに疎くジェームス・ボンドもロジャー・ムーアも知らなかったが、可愛い孫のためにロジャー・ムーアに話しかけた。
「私の7歳の孫があなたは憧れのヒーローだというのです。申し訳ないがサインをくれませんか?」
当時からファンサービスの良いことで有名だったロジャー・ムーアは嫌な顔を一つせず、祖父が差し出したヘインズ君の航空券の裏にサインとメッセージをくれた。
憧れのジェームズ・ボンドに出会い、サインをもらったヘインズ君は有頂天になりながら改めてサインを見てみたら、そこには“ジェームズ・ボンド”ではなく、誰だかわからない
“ロジャー・ムーア”
とサインが記してあった。
そう、フィクションとノンフィクションの違いがまだわからない幼いヘインズ君は
ロジャー・ムーアを本当に“ジェームズ・ボンド”だと勘違いしていたのだ。
「ジェームズ・ボンドが名前を間違えてサインをしている!」
そう思ったヘインズ君は祖父にサインが間違っていると話し、祖父はそれを信じ、改めてロジャー・ムーアの所へ行った。
「何度も申し訳ない。孫が言うにはあなたのサインが間違っていると言うのです。
あなたは“ロジャー・ムーア”ではなく“ジェームス・ボンド”だと言い張るのです」
7歳の幼い子ども、そして祖父の言ってきた言葉でロジャー・ムーア全てを瞬時に理解した。
ロジャー・ムーアは笑顔でヘインズ君を呼び寄せた。
そしてへインズ君と同じ目線まで身を屈め、周りに聞こえないように気を使いながらヒソヒソ声でヘインズ君に言った。
「僕は“ロジャー・ムーア”という名前でサインをしなくてはいけないんだ。
なぜならば敵のスパイに僕の居場所がバレてしまうかもしれないからね。
だから君にも協力してほしい。ここで“ジェームズ・ボンド”を見かけたことは
僕と君だけの秘密だ」
憧れのジェームズ・ボンドにそう言われ、ヘインズ君は祖父の待つ自らの席に戻った。
祖父は「ジェームズ・ボンドのサインは貰えたかい?」と聞いた。
「ううん」とヘインズ君は答えた。
大好きな祖父といえど、先ほど誓った秘密を明かしてしまってはジェームズ・ボンドとの約束を破ることになってしまう。
今やヘインズ君はジェームズ・ボンドとともに任務に就いたのであった。
※後半に続く(つながりノートをご覧ください)