心に棲みついた

 今日は出かけた時は晴れていたのに、帰りに土砂降りの雨に降られた。
うかつにも傘を持たずに出かけたのでずぶ濡れになってしまった。
帰宅してすぐにびしょ濡れのカバンの中身を出した。
スマートホンと財布、ウオークマン、後は必ずKindleが入っている。
予備校時代に読書の楽しみを覚えてから、重度の活字中毒になった。
どこに行くにも本が無いと落ち着かない。
何というかそわそわするというか不安になるというか、一冊でもいいから文庫本をカバンに入れておけば安心する。
大学生になってからも当然本を沢山読んだ。
本当はダメなのだが、退屈な講義の時は一番奥の席に座り読書にいそしんだ。
昼休みも本と一緒、片手に焼きそばパン片手に文庫本というのが何時ものスタイルだった。
当時よく読んでいたのは翻訳物の推理小説、とりわけジョージ・P・ペレケーノスにはハマった。
ギリシャ系移民の探偵の話なのだが、少しだけ社会の規範に外れた人間がたくさん登場しそれが刺激的で
読みたい気持ちに突き動かされて夢中でページをめくった。
語りだすときりがないのでやめておくが、一度読んでいただけたらその魅力がお分かりいただけると思う。
翻訳物以外にも読みたいと思った本は片っ端から手をつけた。
お金は無かったが、新刊でも読みたいと思ったら迷わず買った。
大学の近所に古本屋が何件かあったので、私は定期的にお宝ゲットを狙って巡回した。
本に対する優先順位は、衣食住のどれよりも強かった。
オンボロの六畳一間のアパートが本で埋まるのはあっという間だった。
読み終わった本は売りに行ったりしていたのだが、売ったお金で新しく本を買うのでちっとも本は減らなかった。
私の読書スタイルは、好きになった作家さんを深掘りするタイプで面白いと思ったらその人の全作品を読まなければ気が済まない。
だからシリーズ物に手を出すと大変である。
一気読みしたいから、まとめて買ってお金が無くなってしまう。
仕送りが入ると何はともあれ本屋に駆け込んだ。
大学生は講義とバイト以外は基本暇である。
バイトは家賃が払えない位にお金が無い時に、日雇いの仕事をしたくらいでほとんどしなかった。
講義が終わるとまっすぐ家に帰って、本を読み始める。
学校で途中まで読んでいるから続きが読みたくてたまらない。
あっと言う間に本の世界に没入する。
一冊読み終えて時計を見たらもう深夜ということが普通だった。
とにかくあの頃は時間だけはあった。
空いてる時間というのは、読書に埋め尽くされていた。
たまに友だちが合コンに誘ってくれるのだが、参加しても残念ながら本の話をするような女の子には巡り合えず、皆が盛り上がる中で読みかけの本の続きばかりが気になっていた。
そんな変人がモテルわけもなく、何時も結果は惨敗だった。
しかし、読書に捧げた大学生活には何の後悔もない。
大学を卒業し、引っ越す時に本の処分には困った。
愛着のある本たちを手放すのは惜しかったが全てを持って行くお金が無かったので、絶対手放せない本以外を泣く泣く売りに行った。
アパートを出る最後の日、荷物が何もなくなったガランとした部屋を見てあれこんなに広かったっけと思った。
畳の色は本のあったスペースだけ青かった。
社会人になってからは読書に割ける時間が極端に減ってしまった。
せいぜい昼休みか、残業を終えて帰ってからになった。
生活環境も変わり、結婚もして色々あった。
相変わらず読書は好きだが、いかんせん時間が取れない。
それでもちょっとしたすき間があれば本を読む、今ではほとんどKindleだ。
紙の本だとすぐに置く場所が無くなってしまう、妻のまた本買ったの、という視線も痛い。
その点電子書籍は薄い板一枚に何千冊もの本が入る。
これは革命だと思う。
私はどこに行くにも必ずKindleをカバンに忍ばせる。
いつでも本が読める環境じゃないと不安だから。
本の虫は一生治らないだろう。
読みたい本はいくらでもあるから。
いい趣味を持ったと思う。