ブックレビュー『わたしたちが火の中で失くしたもの』

アルゼンチンの作家・ジャーナリストであるマリアーナ・エンリケスの
不気味な短編集『わたしたちが火の中で失くしたもの』読了。
語られない余白の部分から怖さを嗅ぎ取って
読者が勝手に怯えればいいのかもしれないけれども、
作品の背景には格差・暴力・呪術や過去の軍政による負の遺産などが横たわっている模様。
訳者あとがきで解説されているが、
アルゼンチンの軍政による混乱期には多数の死者・行方不明者が出たといい、
現在も生死不明の人が大勢いるという歴史的事実が物語の土台になっているらしく、
語り手と繋がりのある誰かが不意に「消えてしまう」恐怖の場面がいくつも描かれている。
だが、「失踪」「消失」が必ずしも悲劇とは限らず、
街の一区画、公園、ホテルの一室などは、ここではないどこかへの転送機で、
飛ばされた人は案外、現世の時間経過から切り離されて解脱したのかもしれない
……などという感慨も湧いてくる。
猛烈に惚れ込んでしまえるタイプの小説ではない。
だが、作品に透けて見える作者の物の見方・価値観には共感できる部分が多く、
淡々と、それでいて妙に深く頷きながら読み進めたのだった。
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