祖母の家

「で、あれはまた、何処かへ行ったきりだったでしょう?」
久々に会った祖母は、機嫌よく私を迎えてくれた。家を出て私一人で…といってもシェアハウスだけど…暮らし始めるときは、弟も学生寮に入っていたし、祖母をたった一人で置いていってもよいのか、少しは悩んだものだった。
そんな心配は要らなかったと、すぐに分かった。好奇心旺盛で活発な祖母は、再び旅行三昧の日々を送っている。一緒に暮らしていた頃、ささやかな日帰り旅行程度は楽しんでいたようだが、それでもできる限り家にいてくれたのだ。
この日も、つい2日ほど前に箱根から帰ってきたばかりだと言って、私のかばんにお土産品を詰め込んでくれた。
幼い頃、母を白血病で亡くし父が家に寄り付かなくなってからは、祖母と私と弟の三人で暮らしてきた。祖母は、私の母…自分の娘が死んだのは、私の父のせいだと思っている。
「あれ」と言っているのは、私の父のことを指している。話題には出すくせに徹底的に父を嫌い、名前を口にすることも忌まわしいのか、あれ、と言うのだ。
「うん、電話したけどお父さん出なかったし、たぶんマンションにもいないから行ってないよ」
ここへ来るより先に父の住まいを訪ねたと知ったら、祖母が不機嫌になると分かっていたので、私はこう答えた。
もっとも、父は不在でしばらく会っていないのは事実だ。
しっかり者の祖母は防犯対策と言って窓や雨戸を閉め切ってしまう人なので、旅行の時はそれでいいのだけど、私が窓を開け換気する役目になっている。
二階の部屋を順番に開け放していき、夏服など荷物をまとめ、一番奥の部屋へたどり着いた。
私や弟が使っていなかった北側の部屋だ。
そっと扉を開けると、カーテンの隙間から射し込んだ細い光が、空中に舞う埃を輝かせていた。
私は息を止めたまま窓を開けに行く。
建て付けの悪い窓を開け、ふうっと息をついてから、部屋の中央に置かれた塑像と向き合った。
それは膝をついて片手を頬に当て少し首を傾げたポーズの裸婦像だった。
父が若い時に作ったもので、祖母はこの像だけは捨てずに置いている。誰も何も言わないが、これは私の母の姿に違いない、と思っている。