学び

ふざけていられなくなったのは、夕方の4時だった。
鳴り止まないJアラートと雨の勢いに怖くなり近くの友人にLINEをした。するとひとつ奥の通りに住む友人宅が床上浸水をして避難所に向かったという。川も時間の問題だ、あそこが溢れたらうちもあんたんちも危ない、家族で避難するか相談している、と返信がきたのだ。
全身が一気に硬直した。
風と停電の覚悟はしていたが、水に対する心構えを全くしていなかった。家の近くがテレビに映っていた。ニュースから流れる「直ちに命を守る行動を」という言葉に、心から震えた。時計を見るともう4時だ。暗くなるまでもう時間がない。パニックだった。避難所に行くには何が必要か、どのルートで行くべきか、何が安全か。頭が真っ白で心臓だけが苦しいくらい鼓動していた。
大きなバッグに子どもたちの服や薄い肌がけを詰めた。これだけ?これしかない?何が必要なの?水筒に水を入れて、残っていたおにぎりを入れて。
手が震えている。ドアを開けるとものすごい雨。そしてもうすでに真っ暗になってしまった。手遅れか… 自分の自覚のなさに、泣きそうになった。それでも、もし水が少しでも見えてきたら逃げるしかない。
子どもたちに「もしかしたら避難所に行くから、心の準備をしておきなさい」と告げた。
一気に緊張が高まり、次男は不安で顔色が変わった。しかし娘は状況が分からない。皆んながいそいそと避難の準備を始めたのを見て、お出かけに行くのかとるんるんしだし、お気に入りのポシェットを下げた。
そうだ。避難所などという普通ではない環境にこの子はきっと対応できない。
障害者のいる家庭が避難所に向かわず孤立してしまうという問題が、初めて自分のこととしてふりかかってきた。向かいたいが、行けない理由があるのだ。
不安で消えてしまいそうになっていた時、さっきの友人が自分たちは自宅に残ること、何かあったら助けに行く、ということを伝えてくれた。ありがたかった。
近くにいない夫も引っ切り無しに連絡をくれていたが、何も出来ない夫に必要以上の心配はかけたくないと「大丈夫」ばかり言ってしまった。
ピークと言われる時間を祈るようにやり過ごし、雨がおさまってきた頃、今度は次々に馴染みのある河川が氾濫したとニュースが流れる。
生きた心地がしなかった。
疲れきっていた。
深夜二時頃、ようやく眠った。
朝起きて、すぐに外を見るのが怖くてしばらく布団の上で動けずにいた。心を落ち着かせてからカーテンを開く。バカみたいに晴れていた。水はそこになかった。
こんな時の為に何が必要かを考えさせられた。判断の難しさを経験した。逃げ遅れてしまう理由も理解した。困っている人を見つけて守るために、全てを糧にしようと思った。
とにかく今、緊張がどっと解けて身体のあちこちが痛い。首はムチウチのようだし、ふくらはぎが順番につった。
「家に帰るまでが遠足です。」
この言葉が頭をよぎっている。