受話器に愛をこめて

 昨日は婆さんの誕生日だった。
会いに行く時間が取れなかったので、夜に電話をかけた。
コール音が何回も続く、婆さんは足が弱っているので電話機に辿り着くまでにずいぶん時間がかかる。
私はいつもの事だから気長に待つ。
しばらく待っていると、受話器を取る音がして「もしもしぃ?」という大きな声がする。
最近すっかり耳が遠くなったので話す声もボリュームが大きい。
「あー俺です」と私は名乗る。
「まぁ、あんたどうしたんね」と機嫌のいい声で返事をしてくる。
「あのね、お誕生日おめでとう!」遠くなった耳でも聞き取れるように私は一言ずつ、ゆっくりとそしてはっきりと大きな声で喋る。
「ああ、なんて?」それでも婆さんには聞き取れないらしい。
私は再び「誕生日おめでとう!!」ともう少し大きな声で伝えた。
すると「まぁ、ありがとう」と嬉しそうに返事をくれた。
それから、最近の話などをした。
婆さんは歳なので同じ話を何回も繰り返す。
その度に私は「そうなんだ、へぇ」と何度も相槌を打つ。
昨日は通っているディサービスに新人さんが入ったことをくり返し聞いた。
「若いのに、よく気が付いて優しい子なんよ」と楽しそうに話していた。
それから、毎回話すのは私にとっておばにあたる娘への不満。
おばは婆さんの二番目の娘なのだが、ちょっと自分勝手で思いやりがあまりない人である。
私が子どもの頃にお年玉をもらう時、いかにも渡すのが惜しそうな顔をしていたのをよく覚えている。
二年くらい前に法事で会った時は、いきなり食事の片づけを仕切りだし私を呼び捨てにしてあれこれと命令してきた。
ちょっとだけカチンときたが、場の空気が悪くならないように「はいはい」と指示に従った。
後で妻がいくら甥っ子でも四十を過ぎた大人を呼び捨てるなんて失礼だと怒っていた。
そんなおばなので親戚一同から敬遠されている。
うちの母もあまり好意的ではない。
婆さんもおばには色々と嫌な思いをしているようで、この話になるといつまでも喋り続ける。
私は話が終わるまでうんうんと聞き役に徹する。
今、婆さんはおじと二人暮らしなのだが、別々の建物で暮らしているのでほとんど一人暮らしのようなものである。
なので、日ごろはテレビを見るくらいしかする事が無い。
話し相手もおらずさみしい日々を過ごしている。
たまに私が電話でもしたらとても喜ぶ。
昨日は何だかんだで一時間くらい話した、婆さんはまだ話し足りなそうだったが途中で時計でも見たのだろう「ありゃ、こんなに話しちゃ電話代がかかるねぇ」と言って電話を切ろうとした。
私は、全然まだ話していいよと言ったのだが、「ええから、またね元気でおるんよ」と言って電話を切った。
いつだって電話の最後は「元気でおるんよ」である。
いくつになっても孫を心配する婆さんの優しさがしみる。
この間会ったばかりだが、婆さんは今年で九十四歳。
しわくちゃの顔で嬉しそうに迎えてくれるのでこっちが幸せな気持ちになる。
まだまだ頭はしっかりしているので、会えるうちに沢山会っておきたい。
いつでも会えると思って後で後悔しないように。
婆さんハッピーバースデー。
そちらこそいつまでも元気でおるんよ。