退屈と白魔術

感情は文字にすると落ち着くことが多いだろうけど怒りに関しては結構増幅する率が高いような気がする。怒りの原因を解こうとしたらまた違うけど、怒りを怒りとして書くのはマジで危険だしわたしはあんまりやらないようにしてる。
しかもインターネットの、というよりTwitterの、悪いところはそれを見てドライブされる人がいっぱいいるところだ。「あーなんだわたしだけじゃなかった」「“みんな”が言ってるからわたしも」ってところからダムが決壊するように憎悪で染まっていくのは何度見てもきもちがわるい。それをRTしたりふぁぼったりすることでうねりを大きくしてく。火をうちわで仰ぐみたいに、どんどん新しい薪をくべるみたいに。
いやわかる。わかるよ。怒りに共感してもらいたいのはわかる。でもなんでもいいから怒る対象を探してる人いっぱいいるじゃん。それはよくわからない。
ネットで見なければ知らなかったことたくさんある。今まで見逃していたことが知らなければ平和に生きていたことがたくさんある。見逃せよ、とかじゃないけど、「何も言わない」「どうも思わない」って選択肢もあるのに……とは思う。
絶対的な正義なんてないのになー。自分の正義と相容れないものを徒党を組んで全否定していくことに、ターゲットを変えて遊牧みたいに次へ次へ進撃していくことに、未来あるのかな。どうなったら心おだやかになるのかな。何が理想なのかな。
そういう何かを否定することでアイデンティティを確立する黒魔術、否定はしないけど(なんてったってここは退屈なインターネットですから)、だからわたしは白魔術を使おうって盲目に思い続ける。世の中楽しいことが多すぎるし不幸とか怒りに使ってるような時間はないのだ!!!!