武士は食わねど高楊枝(ちょっと意味は違う)

一口ちょうだい女
食べ物のシェアは、嫌いじゃない。取り分けられるものだったら、ね。
この話にあるような、クレープはイヤだなあ。歯形がはっきり残るから。
一人で食べたい時は、ハッキリ宣言する。「俺はこれが好きなんだ!」と。すると、まあ、周囲も遠慮するよね。
自分から「一口ちょうだい」は滅多にない。お行儀が悪いと子供の頃に躾けられてきたから。
そして、そういうのが大嫌いな人がいるというのも、よくわかってるから。
うちは、母親も妹も小食だったんで、一人前を食べられない。
すると、先に「あんた食べなさい」または「お兄ちゃん食べて」と、私の皿に手つかずの料理をのせてくる。
だから、家族で食べ物の取り合いをしたことはない。
親戚が集まった時、子供だけでワーワーやってると、遊び感覚で取り合いをするんだけど、それに参加するのもダメ。
理由は、母親の叱責。「ああいう時にがっつくと、食べさせてもらってない子みたいでみっともない!」。ちょっと調子の乗ってやらかすと、帰宅後に、思いっきり拳骨を食らって、ガーガーと説教された。
だから、私は幼稚園年長にして、取り分け係。年下のいとこたちが欲しがったら、自分の分も分け与えていた。おかげで、親戚連中からは異常なほどに私の評判は高い。2-3歳下の従妹なんかは、私は「憧れのお兄ちゃん」だったと言う(本当の兄貴は、妹の分をとっちゃうため)。
思い出すのは、中学の修学旅行。
私の中学は、都内の中学の多くがそうであるように「京都奈良3泊4日」。そして、修学旅行最終日の夕飯は、「すき焼き」と決まっている。
なのに、修学旅行の前夜、うちの夕飯は「すき焼き」?
「なんで? 俺、修学旅行でもすき焼き食べるんだよ?」と言うと、
母は「今夜、ちゃんとしたお肉のすき焼きをお腹いっぱいに食べておけば、修学旅行の美味しくないすき焼きなんて食べなくてもよくなるよ」。
全て母の思惑通り。修学旅行で私は、すき焼きの鍋奉行に徹した。たしかに母親の言うとおり、修学旅行のすき焼きは、うまくはなかったからだ。
そして、鍋奉行に徹してみてわかったのは、外でがっつくのは、とても卑しく見えること。
どんなに成績優秀なイケメンでも「肉だ―!」とがっつくと、残念な奴にしか見えない。
私は微笑みながら、せっせせっせと同じ班の奴らのためにすき焼きをこしらえ、リクエストがあった他の班まで出張調理にも出かけていた。(クタクタになったネギしか食べた記憶がない)
この時のことを、50歳になった今も覚えてる元同級生は沢山いて、
特に女子からは「あの時の梟クンは、すっごく上品に見えた」と褒めてくれる。
(だからといって、その後、私がモテたという事実はかけらもない)
だから、今の私は、ウチの若い衆…特に男には取り分けをやらせる。
「えらっそーにふんぞりかえってるんじゃねーよ。
 男だからこそ、いつも世話になってる女性陣に料理を取り分けろ。
 そういうところ、気が利かない男はドコ行ってもダメだ」と。
ちなみに私は手酌派。私が手酌をしているのに、私より若いガキが「女なんだから、酌をしろ」とは言えないから。私の宴席でそんな戯言ほざこうものなら、「ほーお? おめぇ、随分と偉くなったもんだな。え?」と絡む。
意味はちょっと違うけど、「武士は食わねど高楊枝」。
男でも女でも、外で何か食べてる時に、卑しく見えないって、けっこう大事です。