夏の風物詩

今から10年以上前。晴れた夏の日の夕方。
中央分離帯のある片側二車線、緩やかな左カーブの道を走っていた。
そこに突如現れた逆走セダン車。
ハンドル切りながら目いっぱいブレーキ踏んで避けようとする。
ダメだ…避けきれない!ぶつかる!!
ハンドルを握り締めたまま、ゆっくりといろんな方向から重力がかかるのを感じた。
(なんで重力が・・・死んだかも)
本気で死を覚悟した。
目の前が一瞬で真っ白になった。意識を失ったのではなくエアバッグが開いた。
相手の車の左前方と中央分離帯にかち上げられ、軽自動車は飛んだ。
エアバッグで視界を塞がれ、無重力なのかなんなのか分からない状態を感じているとシートベルトが体に食い込んだ。
ジェットコースターが急停車したような衝撃。痛い。止まったのか。生きてる。これは現実だ。
実際2~3秒のはずが、激突から止まるまでが物凄く長く感じた。

余談だけどその間の音に関する記憶は一切ない。正確に言うと何も聞こえなかった。
他の記憶ははっきりしているので脳が自動的に聴覚を切り捨てていたんだと思う。
生き残るために必要な感覚に集中するため他の感覚を一瞬で切る、人間の脳と言うのは凄い。


話を戻そう。
最悪な事に僕の車には同乗者が二人いた。
「おい!A!B!大丈夫か!?」
助手席の後ろでしがみつくAの姿を見つけた。どこかをぶつけたようだが動いてる。良かった生きてる。
運転席の後ろに居たはずのBがいない。どこだ?どこにいる?
「B!どこだ!?B!」
運転席の後ろを見ると後部座席の扉が空いている。衝撃で外に放り出されていた。
車の外を見まわすと、中央分離帯の茂みの上に座り込んで放心状態になっている。こちらも生きてる。
最悪の事態は免れた。いや、まだ分からない。早く病院に連れて行かないと。
目の前に萎んだエアバッグ。そこにポタポタと垂れる自分の鼻血。
自分もどこかを打ったのかもしれない。それより早くAを助け出さないと…。
その時初めて鼻血の落ちる方向に気付いた。軽自動車はほぼ逆さまだった。
ガラスが弾け飛んだ窓枠の外にはセダン車のトランクがあった。

どこからともなく大声が聞こえた。
「救急車!救急車!」
相当な轟音が一面に響いたらしく、かなりの人たちが助けに来てくれた。
すぐ近くにいたおじさんに声を掛ける。
「すみません、警察と救急車呼んで下さい。」
「今呼んでるよ!」
数人がかりで運転席の窓枠から僕を引っ張り出そうとする。
「僕はいいから、後ろの奴とあそこにいる奴を先に…」
「やってるから早く君も!」
セダン車のトランクにはガラス片が散乱している。妙に冷静だった。
「コレちょっと危ないんで…」と持っていたタオルでガラス片を掃いた。
「あ、あぁそうだね…」
シートベルトを外してトランクの上に着地し、先に助け出された二人の元に駆け寄った。
「こんなことになってごめんな。どこか強く打ったり、痛みが酷いところない?大丈夫?」
どちらも茫然としていたけど、骨折や流血は見られなくて安心した。

改めて事故現場を見て唖然とする。
激突の衝撃で跳ね上がった車は前方宙返り半ひねりの要領で宙を舞い、中央分離帯に植えられていた細い樹を一本折りながら、もう一本の樹に引っ掛かる形で逆さまに停止していた。
もし樹が無くて反対車線にまで飛び出していたら…考えるのはやめよう。

相手のセダン車の運転席では女性らしき影が見えた。
怒りをぶちまけたいところではあったけど、あちらはあちらでスピンした衝撃で動けないようだ。
巻き込んでしまった同乗者に余計な心配を掛けたくなくて、その場から離れない事にした。


救急車が到着し病院へ。診断の結果、僕は軽い打撲とムチウチ、Aは軽い打撲、Bは放り出された場所が良かったらしく掠り傷とのこと。
もしあの樹が無かったら、もし樹の隙間を通過していたら、もしBがコンクリートの上に投げ出されていたら、事故現場を思い出すと全員軽症で済んだことは本当に奇跡的だった。
夜の病院にAとBの親御さんが現れ、ひたすら謝る。
二人を危険な目に遭わせた責任は自分にある。本人たちを責めないで欲しい。と。
「アンタには関係ないだろ」と叱られた。
申し訳ない気持ちに親御さんの優しさが上乗せされて、形容し難い気持ちになった。



翌日、資格の試験があった。
一緒に受験した友人M(ABとの繋がりは無い)に事故の事を説明した後、僕も忘れていたことを言ってきた。


「ごめん。(事故前日の)一昨日の夜に『呪いのビデオ』観たり、墓場行ったからだよな…」



#ノンフィクション