日々の積み重ねの先の、アニバーサリー

長女が、昨日10歳になりました。
日々はなんとも当たり前のように過ぎていって、それが重なって10年になっているわけで、感慨深いような、でも単なる日常のような、なんとなく描いていた感動をつかみ損ねてる感じ。
だけどそれは、大病もせず、特筆すべき苦労もさせられず、すくすくと彼女が自分の力で(わたしは衣食住を整えただけだと思ってる)今日まで生きてきてくれたおかげで、いろんな折に、災害や、事故や、事件や、病気で、命を落としてしまうお子さんを目に耳にするたび、奇跡なんだと思う。
長女が生まれて最初のころ、幸せすぎて、こんな幸せなことがあるなんて信じられなくて、頭がおかしいと思われるかもしれないけど、この小さな身体をわたしが今床に叩きつけたら全部終わってしまうのだ、と自分に言い聞かせた。あんなふうな幸せには、そんなふうな狂気を持って対峙しなければ、保っていられなかった。それほど、幸せだった。心底、幸せに感じた。
それが、徐々に意思を持って動くようになり、笑うようになり、泣くようになり、怒るようになり、話すようになり、絵を描くようになり、文字を書くようになり、我慢するようになり、労わるようになり、今日。
背はわたしの肩に並び、胸も少し膨らんできた。
これから、対ひとりの女性として接しなければならない、難しいステージを迎える。
だけど、大丈夫だ、と、共感し、背中を押してくれるパートナーのいないわたしは、自分で自分を励ますしかない。
大丈夫だ、というよりも、なるようにしかならない。わたしはわたしの人生を歩むし、彼女は彼女の人生を歩む。見守っていくしかない。
二女が電子ピアノで「ハッピーバースデー」を弾いてくれた。
箸が傷んできたので、3人とも買い替えた。
二女はまだ少し早いかとも思ったけど、ふたりとも21センチ箸。