「共感」の効力

共感には2つの種類があると聞いた。
ひとつは、あるある!と同調し共鳴すること。
もうひとつは、相手の気持ちに寄り添い理解しようとすること。

どちらの共感にも日々支えられたり救われたりしているのだけど、
後者の共感には心の鎮静や浄化作用も備わっているような気がする。

社会人3年目のある日、何の前触れもなく突然に片方の耳が聴こえ辛くなった。
耳の中でごぅごぅ強風が吹いて鼓膜に音が届くのを邪魔しているような違和感。
突発性難聴と診断されて薬を飲んで治療することになった。

処方された飲み薬は水のように無色透明な液体で、しかし、どこまでも果てしなく苦く、まるでありとあらゆる苦味の元をグツグツ煮込んで凝縮させたような、例えるなら「地獄味」だった。
一度に飲む量はたったモンダミン一回分くらいなのに、これがどうしたって一気に飲み干せない。
毎晩規定量を飲み切るまで、小一時間自分との戦いを強いられていた。
当時付き合っていた人はとても親身に心配してくれて、薬を飲むことを渋っていると根気強く励ましてくれた。
「良薬は口に苦しだから頑張れ」「口直しのジュース、好きなやつ、買ってきたからね」
優しい。本当にありがたい。けれど応援されるほどに心がささくれてゆく。
その日地獄味の薬と見合ってしばらく、ふと立ち上がったその人はキッチンからスプーンを持ってきて、薬を少しだけすくって舐めた。
え?え?え?びっくりして目をまるくしていると、むせすぎて声にならない奇声を発しながら涙目でその人は言った。
「ゔゔ……地獄味、やばいぅぉえェ」

笑った。
その後、良薬は口に苦しなんて簡単に口にしてごめんねとか、地獄味ってまさかここまでトラウマレベルとは思ってなかったとか、しきりに恐縮してくれた。
けれどささくれた心をなでつけてくれたのは、地獄味を一緒に感じようと共感してくれたこと。
何なら本人以上に苦んで地獄味に打ちのめされている姿を目にしたら、心がふわっと浄化されて軽くなったのを感じた。

ああそうかと腑に落ちた。
理不尽なことがあって怒りを抑えられないとき、自分よりもそのことに腹を立ててくれる人がそばにいると、怒りがふっと鎮静されることってある。それもきっと同じことなんだな。

飲み干せたことのない地獄味の液体をえいやっと一気に流し込みながら思った。
自分も大切な人に何かあったとき、寄り添って理解しようとする姿勢でいたい。いようと。