恋とも愛とも呼べぬならーデートー

ーデートー
 告白をした。「好き」と言うだけだったので関係をぼやかすだけになってしまったと思っている。「好き」と言われた記憶はないがその男が私に「好き」と言われるのは満更でもないこと、私の好意を拒絶していないことは言葉の端々から感じていた。
 「好き」と言って相手も「好き」と言ったら恋人なのか。
 私は「付き合う」という関係を1つ進めるための言葉を出してお互いの合意が得られてから恋人になると考えている。「付き合おう」と言って「付き合えない」とフラれるのが怖い。それなら「好き」とだけ曖昧に言っておいて関係を進めることを強要しないほうがいい。
 私のそういうズルさが友達以上恋人未満という友達と恋人の美味しいとこだけを抽出したうわべだけの関係が始まった。嫌になればいつでも断ち切れる脆い関係である。それでもないよりはましだ。
 8月に入ってからその男はしばしば私の家に来た。我々の家の距離は電車で1時間以上かかる。出張帰りや、近くに寄ったなどと言っては私の家に来た。
 私の家には美味しいウィスキーがある。イチローズモルトという埼玉県で作られたベンチャーウィスキーだ。これはバーテンダーの元恋人の入れ知恵であるがその男はそんなことを知らず「おいしいおいしい」と私が作るハイボールを美味しそうに飲んでいた。
 つまみはその男の好きな鶏肉を焼いたりしたもの。「空豆でも茹でようか?」と聞くと「食べたい、ちょうど食べたかったんだよね」と出したものを喜んで食べていた。
 そして酔いが回って2人で眠る。手を繋いで眠るけど朝にはその手は離れている。
 
 1度その男が眠った後、着てきた夏のワイシャツをそのまま朝また着ていくのはかわいそうだと思い洗濯をしたらポケットに入っていた来賓用の赤いリボンが色落ちしてワイシャツがおかしくなってしまった。何度洗っても落ちず深夜2時を過ぎて諦めて干した。もちろん朝になってワイシャツが乾いたわけでなく、半乾きでピンクのシミがついたワイシャツを着させることになってしまった。「次からはしなくていいから」と気を遣わせたが怒っている様子はなかった。
 いつか新しいのを弁償するからと言ってまだ新しいワイシャツを買っていない。あのワイシャツはまだ着ているのだろうか。忘れてしまっているだろうが今度聞いてみようと思う。
 夜私の家へ来て朝帰るというデートがほとんどで、デートらしい外出をしたのは数えるほどしかない。
 
 9月になった頃本郷にある金魚カフェに行った。本郷三丁目駅で待ち合わせをしたが大江戸線と丸の内線の2路線があるのを知らず駅のどこにいるのか、という待ち合わせエラーが生じたのでこれから本郷三丁目駅で待ち合わせをする人は気を付けてほしい。
 金魚カフェまでの道のりは予習していたので問題なく行けた。昼下がりの渋いカフェに2人。落ち着きすぎて話す言葉は途切れ途切れとなる。
 その男は口数の多い方でないので私が気になることを一方的に喋ることが多い。多分知能指数も著しく違うのだろう。その男が喋ることがよくわからないこともしばしばあったがそんな時は諦めず私にも分かりやすい言葉で教えてくれるのでそういうところが好きなのだ。
 少し遅めのランチとなり、料理が運ばれてきて食べ始める。「ここの角煮は今まで食べた中で1番美味しい、食べてごらん」と角煮を1口分けてくれた。確かに美味しい角煮だったが、食べ物を分けるという優しさがその無骨な男にも備わっていたのかと思い笑ってしまった。嬉しかったがそれ以上に優しさに驚いてしまったのだ。
 この時間が終わってほしくないので「そろそろ行こうか」をなかなか言い出せずにいたが時間は過ぎていくので店を出ることにした。帰りに金魚を2匹買った、職場で金魚を飼い始めて私も金魚を飼いたいと思ったのでピンポンパールというずんぐりむっくりしたかわいらしい金魚を選んだ。その事に関してその男は興味なさそうだった。店内のやたらでかい金魚を虚ろな顔で見て私のことを待っていた。
 まだ時間があったので上野までゆっくり歩く。旧岩崎邸庭園に辿り着いたので中に入ることにした。
 私はこういう古い洋館が大好きでドアノブや階段、マントルピースを見ながら「こういうのが好き」と楽しく話した。
 歩いて少し疲れたようでその男と外のベンチに座って空を見た。東京の空が広々と見渡せる場所は珍しい。オフィスワークのその男は黙って空を見ていた。喋るのをやめて私も空を見た。夏の終わりの空はそよそよと湿気を帯びた風を運んでくる。それと一緒に蚊もやってきた。スカートをはいた私の足は蚊の餌食となりパシンッと叩いて蚊を殺してボリボリ刺された足を掻いている私の姿を見てその男は唖然としていた。「蚊に刺されるからそろそろ行こうか」と言った。
 「君も黙っていることができるんだね」と話しかけてきた。「疲れてるみたいだからこの空を見て元気になってほしかったから」と言うと「へぇ~(こいつやるじゃん)」とニヤリとした。
 その男は滅多に笑わないが、本心で嬉しいことがあると一瞬表情を崩し左の口角がピクッと上がる。私はそれを知っているので敢えて言わないが嬉しかったんだなと察する。
 無骨な男のそういう細やかなサインを見つける度に嬉しくなるのだ。恋人ならもっと嬉しいことの共有をダイレクトにできるかもしれないが、私にはこれくらいの細やかさがちょうどいい。
 金魚もいることだしその日は夕方に解散となった。旧岩崎邸庭園の近くにあるラブホテルを見つけその男が「寄ってく?」と言ったが「寄るわけないじゃん。もう帰るよ?」と言うと少し寂しそうにしていた。
 そうして我々の初めてのデートらしいデートは終了した。あのときの高揚感はまだ忘れていない。その男がこのデートのことを覚えているとは思えないがまたいつか一緒に行けたらいいなと思っている。