暴論「公教育から体育を追放しよう」

先日、「世界が驚いたニッポン」って番組で
海外の校長先生が来日して視察ってのをやってたんです。(後半の缶詰特集に興味があったw)
フィンランド校長が、子供たちのマラソン大会を見て、
「順位をつけたり表彰することはありますか?」
日本の校長
「あの、その、1位から何位までか決めて、その学年で賞状を用意しています」
フィンランド校長、呆れた顔をして、
「正直がっかりです。
 運動はそもそも良いものなのに子供たちを競わせることで
 運動が得意じゃない子はビリという烙印を押されてしまいます。
 それで運動はもうやりたくないと思うようになるのではありませんか」
日本校長、必死の反論(想定してたと思われw)
「私たちは子供たち一人一人に自分の目標を持たせています。
 去年の大会で10番20番だった子は
 それよりも少しでも速い順位になるようにということで努力しています。
 その努力の過程を私たちは学校で評価してあげるわけです。
 これだけ頑張った、だったら次ここまでいけるだろう、
 次はもう少しいけるだろう、そういう励ましの中で
 自分の目標に向かって努力することが、大事だと考えています」
フィンランド校長、冷たく「No」←字幕出さなかったw
「やはり納得できませんね。(日本校長のインサート、ヤベェって顔してうつむく)
 順位が少しくらい上がったからって、それがなんなんですか?」
日本校長、面子のため食い下がるw
「子供たちが自分の力を知って
 自分の力を克服することを目的に
 こういう大会が計画されています。
 だから、子供たちはみんな自分と戦っている」
フィンランド校長、日本校長に諭すように
「校長先生の仰っていることはすごくわかるのですが、
 このような大会は、子供たちが運動を好きになって
 将来、社会に出た時に、健康を維持するために
 走ったりするようになることが本来の意味ではないでしょうか?」
日本校長、ニヤニヤごまかし笑いして次のコーナーに。
いや、もう、フィンランド校長に激烈大同意ですよ。
日本の公教育における体育は、精神論に傾きすぎているんです。
たとえば、代表的なのは組体操。
組体操による事故、4年連続年間8千件
組体操を運動と定義するなら、具体的にはどの筋肉部位を、どのように養い鍛える運動なのか?
運動学的にこの問いに答えられる体育教師は少ないですよ。
なぜなら、この答えは「今、現在の筋力を測る」という以外にないのですから。彼らは自分の口から、それを言えるわけがない。(チームワークや協調性、達成感というのは運動目的とはいわない)
だから、骨格と筋肉が完成していない児童に組体操をやらせると、怪我しやすいってだけの話。
ちなみに、組体操は、軍隊の教練として行われていたもので、今も海上自衛隊では訓練の一環として行われていますが……
自衛隊の体力試験に合格した屈強な筋力と体力の青年であっても、組体操は【5段】までしかやりません。(下にマットを敷いて最高5段。実際には3段で運用されることが多い。グランドの上で組体操をやらせたら、指導教官は厳重注意を受けます)
かつ、体育教師の元には、日本全国で起きた授業中の事故報告が、専門誌である『楽しい体育の授業』『月刊体育科教育』といったもので散々レポートされているんですよ。年間8千件も起きている「よくある事故」が載っていないわけがない。
なのに、小学生や中学生が、運動会で組体操10段? ……狂っているとしか思えません。
番組冒頭の、小学校におけるマラソン大会。これもアウトです。
マラソンというのは全身に長時間連続高負荷を与えますから、循環器・内臓・筋肉・骨格が未発達の小学生には、やらせちゃいけないんです。※これは体育学の講義や教本の中でも明言されています。
最低でも、体格ができてきた中学生くらいからでないと、マラソンはやらせないものなんです。
(欧米の体育授業では、原則としてマラソン的な長距離走は高校生以上にしかやらせない国がほとんど。アメリカだと、生徒自身の判断で途中棄権して良い。また、生徒の申告による棄権を、体育教師は認めないわけにはいかない←自分の体調は、自分が一番理解しているという理由)
多くの日本人は、小中高と最低でも12年の体育をやっていますが…… ハッキリ言って無駄。
体育の授業なんてやらない方がいいくらいに、ダメな指導ばっかりしている。
その代表例が、腕立て伏せ、腹筋。
私は千人以上の若い衆の面倒を見てきましたが、その中で正しい腕立て伏せや腹筋をできる子なんて、十人もいませんでしたよ。
みんな、フォームがめっちゃくちゃ。どの筋肉を、どういう角度で負荷をかけるものかもわかってない。
(私自身も、体育教師に正しい腹筋や腕立て伏せなんか教わったことがありません。体育大学の講師に教わる機会があって、やっと知ることができた)
運動以前の問題として、ストレッチと柔軟運動と筋肉トレーニングの違いも教わってない子ばっかり。
大笑いなのが、体育教師のほとんどは、正しい長座前屈すら教えられないこと。
長座前屈とは、膝をまっすぐに伸ばすものだと思っている人いますか?
ハイ、それはウソです。間違いですから、これからの人生では完全に忘れてください。
そのやり方ではひざ裏を伸ばしているだけで、前屈運動が目的とする運動効果は一切得られません。
前屈運動における目的とは、詰まった腰椎を柔軟にする=伸ばすことなんです。
なのに、膝をまっすぐにすることばかり注意していたら、
ひざ裏を伸ばして背中から曲げてしまい、腰椎を伸ばさないから、、
前屈の効果はゼロどころか、マイナスになるんです。
(膝は楽な角度にしてでも、腰椎を伸ばすのを目的にするのが正しい前屈運動)
その結果、どうなっているか?
今の20代の子のうち、過半数が「まっすぐ立てない、背筋を伸ばして座れない」腰痛予備軍で、1割が既に腰痛を発症しています。「前屈が得意なのに腰痛」というのは、背中を曲げる前屈しか教えていないからです。
そもそも、人間の関節可動角や骨格には、DNAによる個人差があります。
もちろん筋肉の質も、DNAによる個人差があります。
だから、ある運動に向いていないDNAの持ち主に、「みんな、出来るんだから、おまえも出来るはずだ」と根性論で責めるのは、科学的に間違えているんです。
※力士、柔道選手、体操選手には、「股割」という柔軟がありますが、股割の目的とは「切る」じゃなくて「(無理矢理に高負荷をかけて)伸ばす、内部の癒着を剥がす」なんです。だから、「股割」で得た股関節の柔らかさは遺伝しません。
(ちなみに、正しい角度で高負荷の股割を続けていると、ある日突然、体の中から「バン!」って音がします。で、内股に大きな内出血が出来る。痛いですよぉ。その痛い状態で休まずに股割を続けると癒着せず、柔らかい股関節を手に入れられます。でも、本当に痛いですよぉ)
また、筋肉トレーニングというのは、5度角度が違ったら、負荷のかかる筋肉が違ってきてしまいます。
腹筋や腕立て伏せをやる時、どの筋肉を伸縮させることによって負荷を与えるかなんて、教えられない体育教師ばっかり。まして微妙な角度の指導なんて完全放棄。
だったら、学校で体育なんてやらない方がいいんです。
(ちなみに筋肉トレーニングで最も効率的なのはマシントレーニング。マシンは、正しく使えば、正しい角度に固定され、負荷の調節も出来るから)
最悪なのは、運動部。
体育大学出身の体育教師でさえ、正しいトレーニングを指導できないんだから、
学生時代の経験だけでやっている文系教師の顧問に、トレーニングの指導なんて出来るわけがない。
そもそも運動学っていうのは、4年おきに新しい運動理論が出てくるんです。国家を挙げて取り組むスポーツ事業であるオリンピックで、新しい運動理論が実証され、そして広まっていきます。
そういった新たな運動理論を学んでない人間が、8年前とか10年前の運動理論をやらせたって、お話にならないんです。怪我させる危険性の方が高い。
しかも、直接に指導するのが、先輩という生徒。オハナシになりません……
真面目な話、お子様をお持ちの親御さんで、子供に運動を好きになってほしかったら、体育大学生がやってるスポーツ家庭教師をつけましょう。
学校の体育教師や運動部には、何も期待しちゃいけません。間違えた運動理論で、体に害のある運動を教えられかねませんから。結果、腰を痛めたり、怪我をしたり、運動嫌いにさせてしまいかねません。
また、親御さんには心してほしいのは、
両親共に運動が得意な家系でないのなら、子供に運動面で過大な期待をしないことです。
前述したように、骨格・関節・筋肉はDNA由来が大きい。根性論・精神論は、DNAには勝てません。
また、運動について優秀なDNAの家系であっても、子供の性格面が運動向きかどうかは別の問題。子供の性格を、親の勝手な希望で弄繰り回そうとすると、確実におかしくなりますよ。
冒頭のフィンランドの先生の言葉を思い出してください。
「子供たちが運動を好きになって、将来、社会に出た時に、
 健康を維持するために走ったりするようになることが本来の意味」
これが欧米先進国における体育教育の主流です。
ハッキリ言って、日本人の体育における意識は遅れてるんです。
だから、体育嫌いばっかり増えて、
結果として運動不足の大人ばかりになって、
中年以降の健康問題が出てくるんです。
そもそも、運動が苦手といった場合、その原因がどこにあるか? まず、そこを探るのが大事。
筋力が足りなくて運動が苦手ならば、栄養指導と低負荷高回転マシントレーニング、そして休息が大事。
体の動かし方がわからなくて運動が苦手ならば、リトミック体操を段階的に行って、体を運動に慣らしていくのが大事。
心肺機能が低くて運動が苦手ならば、心肺機能を高めるサーキットトレーニングを「個々の能力」に合わせて低負荷から始め、じっくりと負荷を高めていくのが大事。
また、運動中には、好きな音楽を聴いてリラックスした状態でやることも大事。周囲と競わせるのではなく、自分自身の成長のために行うこと。
生徒全員が、国体やスポーツ選手やオリンピック選手になれるわけでもなし。
将来の健康のために、運動を好きにさせる。それ以上の理由なんかいらないでしょう?
チームワークや協調性は、運動でしか醸成できないわけじゃない。
そういった精神面の成長に、スポーツが影響することはあっても、全員が良い方面に影響するわけじゃない。悪い方面に影響することだって、あるわけです。
公教育における体育や部活動に、みんな、夢を見すぎなんですよ。それは教師もPTAも。
日本の体育の実態が、いかに遅れているかを、ちゃんと把握しましょう。
遊ぶことはPlay。
演奏することもPlay。
そして、運動することもPlay。
子供の体力と性格に合わせた運動を、楽しみながらPlay。
それでいいじゃありませんか。
無駄な精神論は、捨てましょうよ。