占いにすがってきたけど、壷は買ってない

生まれて初めて、占ってもらってきた。
正確には、占いとカウンセリングを合わせたセッションを受けてきた。
備忘録も兼ねて経緯と感想を書いてみる。
ここ数年心身が重く怠くなって、朝起きるだけで大層しんどいのが悩みのタネだった。
日常生活をなんとかこなすだけで精一杯という日がじわじわ増えてきていて、このままいくとマトモな社会生活をおくれなくなるんじゃなかろうかと不安だった。
病院に行くにはぼんやりした症状だけど、私は父親が鬱病で自殺しているので、わりと洒落にならない事態ではあった。
でも例えば精神科医に相談しに行って、薬を処方してもらってどうなるとも思えない。
だって原因は確実に過去のアレコレの総決算だもの。
雨漏りしてるところを拭くだけでは解決にならない、屋根を修繕しないといけない。
でも屋根を修繕したくて考えて考えて考え尽くしたのに、あと運動とか心ウキウキすることとか、自分なりにいろんなこと試してみたのに、今のこの体たらくなのである…
人に相談しかけてみたりもしたけれど、私は好きな人・信頼している人といる時はテンションが上がっているので大概明るい人間だと思われているため、「実は最近鬱々としていてね」と言ってもあんまり信憑性がないらしい。
一応親切に聞いてはもらえるものの「え、そうなの?」と戸惑われるばかりであった。
過去のアレコレも含めてガッツリ相談したらまた違うんだろうけれど、そこまで求めるのは申し訳ないし、私も消耗するし。
一度すごく信頼していた人にガッツリ相談して、その後やんわり距離を置かれたことが結構しんどかったし。
やっぱり相談するなら、お金を払ってプロにお願いしたほうが遠慮しなくてよくていいんじゃないかなーと思っていた。
ネットでたまたまみつけたカウンセリングの資格も持ってる占い師さんのブログが面白かったので、「よし、せっぱつまったらここにお願いしよう!」と思った、そのタイミングで職場が急にゴタゴタし始めた。
一体今後はどうなるのかとやきもきする日々が続き、それにも疲れて転職など視野に入れて動き始めたところ、ストレスが許容量を超えそうになっていると感じた。
これはもう無理だ、日常生活だけで結構いっぱいいっぱいだったのに、これ以上負荷をかけたらヤバい。
自力ではもうダメだ。
そんなわけで、出番だ。
カウンセリングだ占いだ。
なりふり構ってる場合じゃないんだ、すがってやる。
高いお金を払って、じっくりたっぷり話を聞いてもらうのだ。
精神科医とかはそんな長時間付き合ってくれなさそうだから、占いの出番なのだ。
私は占いの類をろくすっぽ信じていないから、安心して言いたい放題話しちゃうぞ。
私の生い立ちは暗いし重いしで聞いた人は全員酢でも飲んだような顔になるぞ。
悪いからなるたけ話さないようにしてるけど、お金を払うからにはそんな遠慮はしないでどんどこ話しちゃうんだからな!
そんな感じで臨んできた占い&カウンセリング。
いやー。
ギャフンというかなんというか。
通常3時間くらいのコースをお願いしたのに、終わったら4時間半経ってた。
タロットカードで問題を探りつつ、カウンセリングの手法で深層心理にアプローチする。
聞かれたことに答えていると、「えっこんなこと思ってたのか」「問題はここだったのか」と自分で自分の言うことにびっくりしつつも腑に落ちること落ちること。
でも途中の、「安心」をイメージして広げる、というのがどうしても出来なくて、そこでストップしてしまった。
占い師さん曰く。
「てごわい」
「4割くらいまでしか行けなかった」
「他人事のように淡々と話してるけど、内容的にはもっと感情をともなってしかるべき。それだけ感情に蓋をしちゃってる」
「もっと自分の感情に向き合わないと」
「あなたそれ相当可哀想なんだから、ちゃんと過去の自分を可哀想ってしてあげなさい」
ああ、自分のことを可哀想だと思うことを私は絶対やっちゃだめだと思っていた。
十代の頃はせっせと戦争文学を読んでたし、今でも重いルポルタージュをよく読む。
読んで、自分の辛さなんて平和な時代の贅沢病じゃないかと突き放していた。
自分のことを俯瞰して見られるようになったと思っていた。
でもそれって都合の悪い感情から逃げてただけだったんだな。
私は可哀想な子供だったんだな。
お父さんが死んでしまって悲しい。
お母さんがひどくて辛い。
お兄ちゃんが嫌な奴でムカつく。
家族からずっと大事にしてもらえなくて、差し出した好意を踏みにじられて、私はとても辛かった。
家で一人、「お父さん」と口に出してみたら、泣けて泣けて仕方がなかった。
「お父さん」って呼びかけるの、いつぶりだろう。
私はお父さんが大好きだったんだな、死んじゃって悲しいなあ。
何もしてあげられなくてごめんなさい。
あなたが小さい私を可愛がってくれたので、なんとかやれています。ありがとう。
過去の私に「占いにすがってみなよ」と言ったら「は?」と冷たい反応されそうだけど、とりあえず自分に著しく欠けていたらしい「頼る」という行為をして、報われたように感じているので、お願いしてよかったなあと思う。