梅雨の合間、夏の雲

そらで覚えている電話番号が3つある。
2つは両親のもので、最後の一つは先生の番号だ。
嘘つきの先生が私にはいた。
二つの意味であの人は嘘つきの先生だった。
しようもない嘘をつく先生で、嘘つきとしての先生でもある。
先生は自分のことでしか嘘をつかなかった。
実家が寿司屋だったり、ガソリンスタンドだったり、話の度にあんたの家は何屋だよと心のなかで突っ込まずにはいられなかった。
けれども、生徒のことに関しては嘘をつかない人だった。
少なくとも先生の嘘で、私が傷つくことはなかった。
分け隔てなくとはいかないまでも、それなりに人を見て話してくれる大人だった。
先生が亡くなったのも、夏が来る前、今くらいの季節だった。
教室でアナウンスが流れたことは覚えている。
ただ内容や当時何を考えていたかとかは、全く覚えていない。
残っている記憶は、どこかの大きな斎場で焼香をあげたことくらいだ。
あと5年もすれば先生よりも年上になる。
今になって、人を見て話してくれる大人の存在がどれだけ有難かったかよく分かる。
あの人がいなかったら、こうして何かを表現することはなかった。
「地元の味」のエッセイを先生にも読んでもらいたかった。