彼氏ができました、と友人の報告を受... by まいこ | ShortNote

彼氏ができました、と友人の報告を受ける。どういう人なんですか、と聞いたら、
とても頭が良い人で、立派な会社に勤めていて、その中でもある程度の役職についていて、それに誠実で、ちゃんとした人、という感じなの。
と返ってきた。わたしは気になったことを聞いてみる。
賢い人、というのがとても大事な条件なんですね?
そうね。そういえば、彼にもそう言ったかも。わたしは賢い人が好きって。彼は論理的で、考えに納得できるし…、そう、話をしていて、疲れないの。向こうは、わたしでは物足りないと思っているのかもしれないのだけど…
ああ、それはわかるなあ、とわたしは思った。わたしも賢い人が好きだ。頭が良い人と会話をするのは、本当に楽なんだよな。変な方向に飛んで行ったりしないし、こちらの話を理解するのも早いし、意思疎通にかけるストレスが格段に少ない。わたしなどは、喋りながら着地点が見えなくなったり、どうもこれは回答になっていなそうだと気づき始めることが多々あって恥ずかしくなるのだが、賢い人というのはたぶんそれがない。でもそういう人はわたしを選びはしないんだよな。そんな人と想いが通じ合った彼女が素直に羨ましい。
彼女の中では、賢さと同じように、勤め先や収入、というのはとても大事なことなのだろう。昔のわたしだったら、それには賛同できないかもしれない。そんな条件で決めたことを愛と言えるのか、というやつだ。でも今は納得できる。わたしから見た彼女は十分賢く、それを順当に評価された収入を得て生活している。だからこそ尊敬できる人と一緒にいたいと思うのは、当然のことだろう。
いわゆる仕事ができる人イコール賢い人、ではないが、賢い人は概ね仕事で評価される。そして仕事ができる人、というのはどの職場にも一定数いるかもしれないが、賢い人にはなかなか出会えるものではない。どこかにはいっぱいいるのかもしれないけれど。やっぱり彼女が羨ましいな、と思う。
会話が食い違うと、この人は頭が悪いんじゃないか、と思う。そういう人は、一定の浅さで思考が止まってしまい、そこから進もうとすることに強いストレスを感じている、という手応えがある。そういう人と話をするのは骨が折れる。でも、わたしはこれまでに賢い人に何度か会ったことがあり、一様にわたしに優しかった。しかしその人たちにとっては、わたしとの会話も骨が折れるはずだ。その優しさはどこから生まれてくるんだろう。